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表紙

 その55 見覚えあり





 初めは混乱していて、相手の質問の意図がよくわからなかった。
 だが、ここまで話が詰まってくると、藍音にも前に座った穏やかな顔立ちの刑事が何を言いたいのか、じわじわとわかってきた。
 被害者は会社の重役だった。 良い家柄の高学歴で、絵に描いたような上層階級。 その男性が、藍音の写真を持っていて、遺産を遺そうとしていた。
──だからこの人達、私が被害者の子供だと思ってるんだ──


 嘘でしょう?
 藍音は途方にくれた。
 がんばり屋の母。 懸命に働き、ひとりで立派に娘を育て上げ、慈しんでくれた母。
 心から尊敬していた。 就職して初めて貰う給料は、すべて感謝を込めて母に渡そうと決めていた。
 その母が、もしかしたら離婚の原因を作ったっていうの……?
 私はお父さんの娘じゃないの?


「お母さんに電話しなきゃ」
 質問が途切れたところで、不意に藍音が低く口走った。
 山村はちょっと驚いて目を上げた。
「電話?」
 聞き返された声で、藍音は我に返った。
「いえ……いいです」
 自分の携帯がないと何もできない。 母に訊きたいことだらけなのに、グアムのホテルの番号なんか、わかるわけがない。
 藍音は手をもぎ取られたような気がした。


 彼女が初めて動揺したと見て、山村はもう一歩、先に進めることにした。
「ねえ、被害者の渡部さんを知らないというのは、嘘でしょう?」
 藍音はテーブルの上に手を置いた。 複雑な怒りで腹の奥が震え出しそうだったが、手は自分でも驚くほどしっかりと落ち着いていた。
「知りません」
 そう言い切ってから目を合わせると、山村のほうが困ったように瞬きした。
「じゃ、これ見て。 どこかで会ってないかな?」
 咎めるような言い方ではなかった。 むしろ優しく聞こえて、藍音はつい、彼の差し出した写真に視線をやった。



 最初に見たときは、違うと思った。
 だが、視線を外す前に額のホクロに気づいて、反射的に掴んでじっくりと観察した。











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