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その53 ずれた観点
「藤咲さんは経済学部ですよね」
さりげなく爪の先を眺めながら、山村が次の攻勢をかけてきた。
「はい」
さっきも訊いたくせに、と藍音は思ったが、いらついたところを見せると更に疑われると直感した。 だから穏やかに答えた。
山村は耳を掻き、するっと言った。
「計算に強いわけだ」
いったい何が言いたいんだろう。
藍音が彼の口元に注目していると、山村は独り言のように続けた。
「母親と二人で、狭いアパートで苦労してきて、ある日突然、父親の裏切りを知ったら?」
不意に藍音の首筋にしこりが入った。
九州に去った父の姿が、稲妻のようにひらめいた。
目の前にある初々しい顔が強ばったのに気づかないふりをして、山村は先に進んだ。
「父親は金持ちだった、援助してくれれば金の心配なんかしないですんだはずだったと気づいたとき、どんな気持ちがしました?」
お父さんは九州で出世してるの?
そう思った藍音の心には、悔しさよりむしろ、苦めの安心感が宿った。
別れは小学校低学年のとき、すでに済ませている。 父からの援助は期待していなかった。 でも父のことは気にかけていた。 成功しているなら、それはそれで嬉しい。
どう答えたらいいかわからずに黙っている藍音を見て、山村は椅子に座りなおし、同情する口調になった。
「がんばってたからね。 奨学金取って、バイトのかたわら優等まで取って。 普通できないよね」
いやだ、私をおだてようっていうの?
機嫌を取って何か認めさせようとしている感じがして、藍音は我慢できなくなった。 じっと山村に目を据えると、藍音ははっきり言った。
「父は父です。 私たちの暮らしとは関係ないです」
「嫌ってるんだ」
「いいえ」
まったく視線をそらさず、藍音は断言した。
山村は小さく首を振った。
「返事も優等生ですねぇ。 でも義務教育のころは、それほど優秀じゃなかったんでしょう? むしろ運動で目立ってた」
「はい、そうです」
事実だった。 高価な進学塾に通う余裕はなかったし、母は子供が伸び伸びと育つことを願った。 そして、体力があって学力の基礎がきちんとできていれば、中学の終わりから高校ぐらいに本気を出しても間に合うと言っていた。
「お父さんは高学歴一家の生まれだ。 エリートとしては、並みの娘なんか欲しくはなかった。
でも上に行くにつれてどんどん頭角をあらわしたので、見直して財産を譲ることにした。 それまで見向きもしてなかったのに」
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