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その50 訳を知らず
近くにさりげなく座っていた笠井が、びっくりしたように顔を上げた。
山村は藍音を一瞬見つめた後、中学のときの写真を取り上げて目を凝らした。
「ほんとだ……」
それから、指摘されて初めて気づいたのを隠すように、咳払いした。
「じゃ、撮られた記憶もないと?」
藍音は勢いこんでうなずいた。
「ぜんぜん」
それから希望を込めて尋ねた。
「隠し撮りしてるんだから、じかに会ってなかったってことですよね?」
山村は、ちらっと笠井のほうを見た。
それからまた顔を藍音に向け、とぼけた口調で訊き返した。
「尋問の想定練習した?」
思いもよらない問いに、藍音は怒りではちきれそうになった。
「できませんよ、そんなの。 なんでここにいるかもわからないのに」
すると山村は椅子の背に寄りかかり、視線を前の机に落として口をすぼませた。
生意気な女だ、と、彼が考えているのはわかっていた。 普段はおとなしい藍音だが、攻撃されると俄然守りを固める。 母に負担をかけないように、子供のころから自分で闘う癖がついていた。
間をおいてから、山村は方向転換した。
「じゃ、こっちを先に行きましょう。 被害者の渡部邦浩さんが亡くなった時間、四月二十八日の夕方から九時頃までの時間帯に、あなたどこにいましたか?」
藍音はしびれた頭を懸命に動かそうとした。
「……土曜日ですね? バイトを五時半に終えて……」
「どこの何という店で、何時から何時まで?」
その調子で、思い出せないことまで分単位で訊かれた。
加藤が急いで様子を見に行った和食店にも、藍音はいなかった。
それでもあきらめきれず、加藤はアパートまで戻ってもう一度チャイムを鳴らした。
伝言がどこかに置いてないかと、玄関ドアの下の隙間まで覗いてから、藍音の携帯に電話したが、三回鳴ったところで我慢しきれず、荒っぽく切ってしまった。
おれを振るのかよ、こんなやり方で。
加藤はぎりぎりと歯を噛みしめると、階段を駆け下り、乗った車のドアを力まかせに閉めた。
次に早朝ランニングするとき、どう顔を合わせる気だろう。
おれは絶対に道を変えないぞ、と、加藤は心の中で獰猛に叫んだ。
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