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表紙

 その46 疑心暗鬼で





 加藤アキラ……
 決して珍しい名前じゃない。
 だけど、同姓同名で、公務員で、近所に住んでいるとなると──そこまでの偶然の一致があるものだろうか。
 朝、彼が走ってくる方角を考えて、藍音は戦慄した。
 あれは、二丁目からの道筋だ……!


 道路の小さな起伏に合わせて、車が揺れた。
 藍音はハッとなり、強く瞬〔まばた〕きして、意識の焦点を合わせようとした。
 きっと別人だ。 そうだと思いたい。
 でも万一、本人だとしたら。 警官だってことを、わざと隠していたのなら。
 落ち着いて!
 藍音は心の中で、自分を叱った。 先へ先へと悪い想像をするのは、何の得にもならない。
 警察署へ行けばわかるんだから。
 そう考えて、藍音は気持ちをなだめた。 そして、殺人事件に関する報道を懸命に思い出そうとした。
 どこかの金持ちが、自宅で殺されたんだっけ。
 近所ではなかった。 もっと北のどこか…… C市かM市。 たしかその付近だった。 そうだM市なんだ。 だからそこの警察が、わざわざやってきた。
 藍音は目をつぶって、集中した。 だがそれ以外の記憶はぼんやりして、掴みどころがない。 そもそも被害者がいつ殺害されたのか、それさえはっきりしないままだった。




 藍音が連れていかれたのは、M市の警察署だった。
 山村と笠井に前後を挟まれるようにして、藍音は部屋に入った。 予想と違い、そこは小さな取調室ではなく、けっこう広々とした長方形の部屋で、テーブルや椅子があちこちに並んでいた。
 その一つに案内された藍音は、思い切って頼んだ。
「あの、人と会う約束してたんで、電話で断っていいですか?」
 椅子を引いて座ろうとしていた山村が、顔を上げて愛想よく答えた。
「どうぞ」
 それで藍音はせわしなくバッグを開き、携帯電話を取り出そうとして立ちすくんだ。
 入ってない!
 バッグの中身を入れ替えている途中に刑事が来たため、まだ移し変えていなかったのだ。
 電話貸してもらえませんか? と言おうとして、藍音は唇を噛んだ。 加藤の番号を覚えていない! メモした電話帳は、家に置いたままだし。
 藍音が立ち往生しているのを見て、山村が尋ねた。
「どうしたの?」
 バッグのファスナーを閉じてから、藍音は濁った声で答えた。
「携帯が入ってなかったんです」












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