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その45 思わぬ名前
「訳わかりません」
藍音は感じた通りを口に出した。 大切な初デート寸前なのに、やりきれなかった。
「人違いじゃないんですか?」
山村刑事の顔に、不快そうな細い線が入った。
「あなた藤咲藍音さんですよね?」
「はい」
「じゃ、間違いはありえない。 同行お願いします」
言葉遣いは丁寧だが、言い方は命令に近かった。
そこでようやく、藍音は事の重大性に気づいた。 とんでもないことに、彼女は殺人事件の参考人と思われているらしい。 たぶん目撃者か何かと勘違いされているのだろうが、警察はなぜか彼女が事件と強くかかわっていると確信を持っているようだ。
面倒なことになりそうだ。 悪い予感がふくらんだ。
心を乱しながら、藍音はテーブルまで戻ってバッグを掴み上げ、玄関に引き返した。 今は時間がないようだ。 警察が連れて行く目的地に着いてから、晶〔あきら〕に電話して事情を話そう。 きっと驚いて同情してくれるはずだ。
覆面パトカーの後部座席で、藍音は二人の刑事に挟まれる形で乗った。
まるで護送される犯人のような態勢だ。 そのことに気づいて、藍音は背筋がひやっとした。
両端の二人はまったく無言だ。 圧迫感がすごくて、藍音は気が滅入った。 でも自分から話しかける気持ちにはなれず、半分意地で、口をつぐんだままでいた。
運転をしている若い刑事は、小さなナビを参考にしながら忙しく周囲へ目を配っていた。 それでも用心は報われず、広い表通りに出る前に二本目の一方通行の路地に迷いこみそうになって、あわてて急角度に曲がった。
後部座席の三人は、一斉に体が四十五度に傾いた。 窓に押し付けられた形になった山村が、ぶつぶつと文句を言った。
「気つけろよ」
「すいません」
テノールの声が運転席から返ってきた。
笠井刑事が姿勢を直しながら、苦笑まじりに言った。
「土地鑑がないんですよ、峰〔みね〕は。 ほんとは加藤が来るはずだったんだけど、あいつどっかにトンズラしちゃって」
「加藤孝俊? あの男この辺に詳しいのか?」
「いや、アキラのほう。 確か二丁目あたりに住んでるはずですよ」
それまで自分の考えに忙しかった藍音の体が、ぎゅっと強ばった。
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