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 その44 理解できず





 藍音は急いで、モニターの画面に目を走らせた。
 そこに見えたのは男性が二人だった。 どちらも背が高く、年頃は三十代と二十代に見えた。
 男が二人で女世帯を訪れるのは珍しい。 藍音の嫌な予感はますます高まった。
 前に立つ三十代とおぼしき男性が、再び穏やかな声で語りかけてきた。
「M署の山村と笠井です。 ちょっとお話を伺いたいんですが」
 そして、素早い手つきで警察手帳を出し、開いてモニターカメラにかざした。


 どういうことなんだろう。 ここは府中市なのに、M市の警察って……
 ドアを開ける短い間に、得体の知れない不安はいっそう強くなった。 近くで事件か何かがあって、聞き込みに回っているだけだと自分に言い聞かせたが、なぜかノブを回す指が震えた。
 鍵が外れるとすぐに、二人の男は玄関に入ってきた。 狭いので、藍音が横に押しやられる形になった。
「あの、何ですか?」
 狼狽して、藍音の声が細くなった。 二十センチと離れないところに窮屈な格好で立つ山村は、普段着には見えない藍音の服装を見降ろして、短く尋ねた。
「お出かけですか?」
「ええ、もうじき迎えが来ます」
 つい力を入れた話し方になった。 すると山村は口をすぼめるようにして、事務的に言った。
「その前に、署まで来てほしいんです。 いろいろお訊きしたいことがあるので」


 藍音の眼が一回り大きくなった。
 なんて強引なんだ。 これから大事なデートなのに。 すぐ出かけるって言ってるのに!
「でも私、約束があって……」
「後にしてください。 今はとりあえず、同行おねがいします」
「待ってください!」
 藍音は息を吸い込んだ。 静かに見えるが芯は強い。 自分でも頑固と思うぐらいだ。 まっすぐ山村の顔を見返して、真正面から尋ねた。
「無理に連れていくなら、理由を聞かせてください」
 山村は一瞬、答えに詰まった。
 代わりに、背後にいた若い笠井が声を出した。
「M市三丁目の殺人事件についてです」


 藍音はまず笠井を見つめ、それから山村に視線を移した。
 最初に頭に浮かんだのは、この二人がひどい悪ふざけをしてるんじゃないかという、笑いと軽蔑の混じった感情だった。
 その嫌悪感が伝わったのか、それまで黙っていたトビーが、リビングの奥からかすれた声で吠えた。












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