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 その43 予定外の客





 そして遂に週末が来た。
 加藤とのディナー・デートは午後七時の予定だった。 少し余裕を見て、彼は六時半に車で迎えに来ると行っている。 だからバイトを三時までに切り上げて、藍音は飛ぶような足取りでアパートに戻ってきた。
 やることは沢山ある。 まずトビーの散歩を早めに済ませなきゃならない。
 それからお風呂に入り、今夜のために買っておいたさりげなく女らしい服装に着替える。
 そして加藤の車が到着するのを待つ。


 小じんまりしたバスルームから出てきて、サイドボードの上に置いたコスメボックスの前に座り込み、あれやこれやと顔の手入れを始めた藍音を、ソファーの端にゆったりと体を伸ばしたトビーが、上目遣いで眺めた。
 この家の人間どもが鏡を覗き出すと、外出の前触れだと、ちゃんとわかっているのだ。 だから前足の上に顎を載せて、つまらなそうにじっと見つめていた。


 何度整えても、眉の形が気になる。 神経質になっているだけだとわかっていながら、アイブロウペンシルをできるだけ細くして、せっせと描いた。
 それから唇。 抑え気味の色で、ふっくらさせたかった。 久しぶりに会うんだから、二度目の第一印象みたいなものだ。 明るく、実用的で、しかも女らしく。
 日頃メイクに凝ったことがないため、複式帳簿の試験よりよほど難しかった。


 そうこうしているうちに時間は飛ぶように過ぎ去り、気づくと日は傾いていて、時計が五時半を指していた。
「わっ、大変! バッグ、バッグは、と」
 服に合わせた小型のショルダーバッグに、いつものダサ・トートから中身を移している最中、玄関のチャイムが鳴った。


 え? 誰?
 心当たりが無かった。 友達の予定はみな知っているし、母は明日の夜まで帰ってこないはずだ。
「あーもう、忙しいときに!」
 小声でぶつぶつ言いながら、藍音は大小のバッグをテーブルに並べて置いたまま、玄関へ急いだ。


「はい、どなた?」
 一人のときは必ず、確かめてからドアを開けること。
 それは小さいときから口をすっぱくして母に教えこまれた警告だった。
 藍音はインターフォンの前に立ち、相手の返事を待った。
 すぐに柔らかい男の声が聞こえた。
「藤咲さんですね?」
「はい」
「藤咲藍音さんでしょうか?」
「そうですけど」
 呼びかけ方は丁寧なのに、そのとき藍音はどこかに冷やっとしたものを感じ取った。












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