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 その38 未来を思う





 金曜日、藍音は地元の薬品ショップで、表に並べた販売台から、当店最大売れ筋のダイエット・セットを売る仕事をしていた。
 スタイルがよくて笑顔の温かい娘が売り子だと、評判のいいダイエット食品がいっそう効果的に見える。 飲むだけで必要なミネラルやビタミンが採れ、食欲も押さえられるというレトルト食品は、連休中にもかかわらず飛ぶように売れた。
 この製品は確かに効く。 それに何よりも、効き目が表れるのが早い。 藍音は太る体質ではないので使ったことはなかったが、いい物を売っている自信があって、それが自然に態度に出ていた。
 露出度の増す夏休みまでに『人魚のしなやかな体型を手に入れよう』、というキャッチフレーズもよかったのか、普段の一割引という値ごろ感からか、十時から始めてなかなか客足が途絶えず、十二時半までほぼ立ちっぱなしで働いた。


 昼は、気さくな店主夫妻に招かれて、店の二階のリビングで食事をごちそうになった。
 夫妻の一人娘は藍音の大学の卒業生で、結婚して名古屋に住んでいる。 そうしょっちゅうは会えないため、二人は真面目な藍音を娘の代理みたいな形で可愛がっていて、バイトというより準店員として、よく仕事をくれた。
 店を閉めて薬剤師の白衣を脱ぎ、スパゲティ・ボンゴレに具たっぷり野菜スープを添えて出してから、奥さんの加代子〔かよこ〕は椅子に着いた。
「今日は初めから半日営業の予定にしてたの。 午後から二人で娘の家へ迎えに行くのよ。 あの子いまお腹が大きくて、もうそろそろだから、こっちで預かるの」
 初めての孫誕生に、わくわくしている気持ちが伝わってきた。 藍音は微笑んで、気もそぞろな夫妻を祝福した。
「すてきですね〜」
「無事生まれることだけを考えてるんだよ、今は」
 もうじきおじいちゃんになる夫の隆正〔たかまさ〕が言った。 彼は大柄で頼りになる五十代の男性で、包装資材会社の部長をしていた。
「車で行くんだ。 幸い由岐美〔ゆきみ〕は車に酔わないんで」
「いいなぁ、お嬢さんも赤ちゃんも」
 藍音は素直にうらやましがった。
「私には母親しかいないから。 ご両親がそろって来てくれるなんて、夢だわ」
「でもあなたが赤ちゃん産むとき、きっとお母さんは大喜びして世話してくれるわよ」
 赤ちゃん……
 それって晶の子ってことだよね。
 藍音は口を開いて、また閉じた。
 無意識に顔がほてっていたらしく、夫妻はほとんど同時に笑い出した。
「うわ、藍音ちゃん純情なんだ。 真っ赤になってる」
「ほんとほんと」
「今どき貴重だよ」
「そんな〜 ……」
 悪気のないからかいに、藍音はいっそう顔を赤らめた。












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