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 その36 離婚理由は





 一分も経たない間にドアが開き、すらりとした女性が現われた。 よほど急いだ様子で、業務用の手袋をはめたままだ。 彼女も受け付け嬢とおそろいの白いワンピース姿で、クリーム色の縁取りがしゃれて見えた。
 ふかふかのソファーに座りかけていた加藤は、急いで立ち上がって懐に手を入れた。
 とたんに玉井静歌店長が早口で言った。
「ああもう名刺は結構です。 前にいただきましたから。 お申し出はよくわかりますし、条件も結構ですけど、この土地をお渡しするわけにはいかないんです。 仕事が軌道に乗ってきたところですし、お客様の数も……」
「ちがいます」
 説明してもらちがあかないと悟って、加藤はひとまず、ビシッと途中で店長を黙らせた。
「我々は警察の者で、二、三質問をさせていただきたいだけです」
 警察? と呟いた後、静歌の顔が更に青ざめた。
「あの、訴えられたんですか?」
「いえそんなことでは」
 田辺が背後から猫なで声を出した。 地上げ屋と間違えられたのがショックだったらしい。


 三人がソファーに座り、びびっていた店長が落ち着いたところで、刑事たちは彼女の前夫について質問を始めた。
 静歌は渡部邦浩の死を知っていたが、口が重く、あまりしゃべりたがらなかった。
「どんなって、どうってことない人ですよ。 無口で、たまに面白いこと言うけど、別れる前はそれもなかったわね」
「失礼ですが、離婚の動機は何でした?」
 加藤がやわらかく尋ねると、静歌の表情は硬くなった。
「それは……」
 目が床に落ちて、少し間が空いた。 やがて彼女は決心したように顔を上げた。
「話さないっていうのが離婚の条件でした。 でも、もう彼はいないんだから、言ってもいいでしょう。
 理由はね、よくあること。 浮気」
「渡部さんの?」
「もちろん」
 大声で言い切ってから、静歌は笑い出した。 まだ痛みの残っている笑い声だった。
「ずーっと気付かなかった。 知らないままで行ければよかったんだけど、子供がいるってわかって」


 田辺の背筋がピンと伸びた。 加藤の表情も鋭く変わった。
「子供、ですか? 渡部さんに?」
「ええ」
 きっぱりと肯定した後、静歌はかすかに溜息をついた。
「私も子供がほしかったの。 そのために結婚したようなものだったのに恵まれなくて、それなのに彼が他所で勝手に作ってたってわかって。 怒るのは当たり前でしょう?」












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