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 その33 嘆きの家族



 加藤と元宮巡査部長は、被害者の身上調査を始めた。
 渡部の住まいを徹底的に調べたが、金目の物は取られていないようだった。 寝室、書斎、居間に客間、納戸にいたるまで、どこもきちんと整理されていて、他人に荒らされた形跡はない。
 とすれば、動機は怨恨、つまり恨みの線が強い。
 他の班が会社関係を調べている間に、加藤たちは被害者の生い立ちを詳しく知るため、渡部の出身地、静岡県の三島市に向かった。


 前もって地元の警察に連絡したため、応援が二人ついた。 田辺〔たなべ〕と桜川〔さくらがわ〕という中年・若者コンビで、どちらも渡部の育った地域をよく知っていた。
 被害者の両親は既に他界していて、四人の子供を残した。
 邦浩は四人兄弟の上から二番目で、兄が一人、下に弟と妹がいた。 渡部家は優秀な一族らしく、兄の良樹〔よしき〕は銀行のトップ、弟の龍永〔たつなが〕は食品工業の重役、末の妹麻衣子〔まいこ〕は眼科医と、それぞれ要職についていた。


 元宮が桜川と組み、自宅にいるという長男の良樹に、まず会いに行った。
 加藤は田辺に連れられて、市内で眼科医院をやっている麻衣子を訪ねた。 ゴールデンウィークで医院は休みを取っていたが、同じ敷地に住宅を構えていて、幸いにも家にいた。
 インターホンを押して身分を告げると、すぐドアが開き、麻衣子本人が玄関から出てきた。 たっぷりしたチュニックの下に細身のレギンスを着ていて、なかなかスタイルがいい。 顔はやや長く、被害者の渡部邦浩に面影が似ていた。
 刑事たちが話し出す前に、麻衣子のほうから口を切った。
「どうぞお入りになって。 邦浩兄さんのことでしょう?」
 加藤は田辺と短く目を見交わした。 公式に事件について通知してはいない。 たぶんニュースで知ったのだろう。
「はい。 じゃ、お邪魔します」


 明るくて広々とした居間に入ると、麻衣子の夫らしい中年男性が立ち上がって、見ていたテレビを消した。
 夫妻に自己紹介した後、田辺が穏やかに切り出した。
「東京のご自宅で、お兄さんの渡部邦浩さんが亡くなられました。 お気の毒です」
 正式に聞かされて、麻衣子は苦しげに顔を伏せた。
 夫の駒石肇〔こまいし はじめ〕が、妻を庇うように口を開いた。
「ええ、朝のニュースで知りました。 この人の兄の龍永さんが、東京に行って事情を聞いてくると言って、急いで出かけたところです」
 ああ、それでさっき家に電話をしたとき不在だったんだと、二人の刑事は目を見交わした。
 それから加藤が話を引き継いで頼んだ。
「故人についてご存知のことを、話していただけると助かります。 どんな小さなことでも、思いつくかぎり情報をいただきたいんですが」


 夫妻は穏やかな雰囲気で、協力的だった。
 麻衣子によると、被害者は高校まで地元の学校に通っていたという。 知る限りの友達や、昔話してもらったクラブ活動の挿話、受け持ちの先生、初めてのデート相手の話──思いつくままに語りながら、麻衣子の眼はどんどん赤くなり、何度も涙を拭った。
 その様子はごく自然で、兄妹仲がよかったことを示していた。











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