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その32 駅へ見送り
翌朝の六時前に、母は手提げバッグとカートをがっちり持って、意気揚々とアパートの玄関を出た。
空はすっきり晴れて、気温が高くなりそうな気配だった。 藍音はバスに同乗して駅までついていったが、後は固く断られた。
「いいのよー、子供じゃないんだから。 娘に見送ってもらうほどの大旅行でもないし」
「四日間だってこっちは寂しいよ」
誇張ではなかった。 お互い忙しい日常だが、一日の始まりと終わりはいつも顔を合わせている。 元気なトビーがいるとはいえ、朝一人で起きて、夜も母とのおしゃべりなしで食事をするのは、予想しただけで侘しかった。
だから藍音は、学割のパスを使って強引に、ホームまでは荷物を持ってついていった。
すると母は、肘で藍音の脇を突っついた。
「甘ったれ〜。 もう親離れしないと駄目だよ」
「お母さんが離さないんじゃない」
母は首を反らして、小さく声を立てて笑った。
「そうかもねー。 藍音は年のわりに頼もしいから」
その笑顔が、すっと縮んだ。
「だけど、もう子離れしなくちゃね、少しずつ。 昨夜、目が冴えちゃって、考えたんだ。 もう藍音は立派な大人なんだって。 仕事決まってカレシもできて、独立していくんだってね」
「でも、そんなすぐには……」
言いかける藍音を手で制して、母は続けた。
「成人式の日にもそう思ったんだけど、すぐ忘れた。 考えたくなかったから」
「あんな振袖なんか借りることなかったのに。 無駄遣いだったね」
藍音の考えが横に逸れた。 母は強く首を振って否定した。
「あれはけじめ。 人生にめりはりつけるのは、大事なことよ。 立派な着物着た綺麗な写真が残ったじゃない。 ある程度年を取ってから見なおしたときに、やっておいた良さがわかるのよ」
ちょっとしんみりした後、目当ての電車が入ってきて、母は元気を取り戻した。
「じゃ、うんと羽伸ばしてくるね。 予算少ないからお土産はセコいよ〜」
「無理に買ってこなくていいよ。 会社のお友達の分だけで」
軽い足取りで車両に乗ってから、母は小ぶりにVサインしてみせた。
「もちろん買うわよ〜。 藍音の大事な新しい彼にもね。 じゃ、行ってくるね。 出るときに戸締り忘れずに」
言い終わらないうちに、スーッとドアが閉まった。
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