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 その29 事件その後



 最初に渡部邸へ到着した加藤が見て取った通り、被害者渡部邦浩〔わたべ くにひろ〕の死因は事故ではなかった。
 頭部をいきなり殴打されてその場に倒れ、失神状態で間もなく絶命したという鑑定が出た。 被害者はまったく警戒していなかったらしく、抵抗の跡は皆無だった。
 死亡時刻は、発見前日の四月二十九日、午後八時から十一時半頃と推定された。


 所轄のM署が事件性を警視庁に知らせ、捜査本部が設置された。
 渡部邦浩は一人暮らしだから、もちろん内部犯行ではない。
 第一発見者の女性ヘルパー、三国は評判のいい働き者で、彼を殺す動機がないし、前夜のアリバイも家族の証言がある。 気むずかしい要介護者の場合、ヘルパーが切れて突き飛ばす可能性はあるが、三国の同僚の交代要員に訊くと、被害者の渡部は静かな人で威張ったところがなく、セクハラもせず、扱いやすい患者だったという。
 また、被害者の財布、通帳とも無事で、旧型でこじ開けやすい金庫に手付かずの二八二万円が入ったままだったことから、強盗の犯行とも思えない。
 一見して動機不明、犯人不明の難事件になりそうだという判断が下り、捜査本部は特別捜査本部となった。


 犯行から事件発覚まで半日以上が経過している上、犯人の逃走手段や経路も不明なため、緊急配備は取られなかった。
 代わりに初回の捜査会議が開かれ、あちこちから召集された捜査員たちが二人一組になって、分担の班分けが行なわれた。
 加藤は警視庁一課の元宮〔もとみや〕という巡査部長と組まされて、識鑑〔しきかん〕捜査に回された。
 被害者に関するすべてを、徹底的に調べ上げる仕事だった。


 すぐにわかったのは、被害者の渡部邦浩氏が中堅優良企業の元社長で、かなり裕福だということだった。
 現役中はなかなかのやり手として知られていたが、健康上の理由で三年前に勇退したとき、持ち株をほとんど手放したため、税金を払った後も現金だけで二十数億という財産を有していた。
 他にも有価証券や土地など、十億近い資産を持っていた。 若い頃は派手に遊んだ時期があったというが、五十過ぎで体を壊してからは静かな生活で、財産は増える一方だったらしい。
 子供はおらず、妻とは八年前に離婚し、相当な慰謝料をきちんと払っていた。 その後、二人の間にごたごたがあったという根拠はなかった。












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