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その28 彼から連絡
連休中でも、火曜日と水曜日は普通に平日だった。
ぶっ続けで休んでいる人もいるだろうが、藍音の大学はちゃんと授業を行なったし、彼女もきちんと出かけた。
火曜の朝は加藤に会えなかった上、珍しく電話もなかった。 それが不安になるほど、藍音の気持ちは彼にかたむいていた。 かたむきすぎて、ドドッと彼の腕に落ちていきそうだ。 いつものちょっと冷めた感覚はどこかに消えた。
今度会ったときに、彼の写真を撮ろう。
特に笑顔のを。
温かく笑いかけてくる彼の顔を見ていたい。 自信を持ちたい。 彼が私だけのものだと。
藍音は無愛想ではないが、どちらかというと人見知りで、気安く人に甘えることができない性質だ。 だから、どうしても肩に力が入って、昨日からメールを三度も入力しかけては中止していた。
せっかくメアド教えてもらったのに、これじゃどうしようもない──自己嫌悪に陥りかけたとき、ようやく気づいた。 結果を恐れている自分に。
愛情を込めたいが、なれなれしくしすぎてはいけない。 うるさくしたら嫌われるかも。 だけど何も連絡しなかったら冷たいと思われちゃうし……。
これほど本気の恋をするとは想像もしなかった。 だからすべてが夢のようで落ち着かず、幸せの綱渡りをしている危なっかしさがいつも心にあった。
そんな彼女の気持ちが風に乗って伝わったかのように、その火曜の夜、加藤からのメールが先に届いた。
『悪い、また仕事で帰れない! しばらく会えないと思う。 俺たち始まったばかりなのに。
俺から気持ち離れるなよ〜。 焦るよ。 本当に仕事なのに。 毎晩、一言でいいからメールくれたら落ち着ける。 頼む!
ノルマのドレイ』
二度文面を読み返した後、藍音は電話を胸の心臓がある辺りに押し当てた。
これまでそんな芝居がかったことをしたことがないので、自分で驚いた。 ほとんど無意識にしてしまったのだ。
彼の声が聞きたかった。 だが、突然の予定変更で過酷な仕事がのしかかってきたらしい加藤に、負担はかけたくない。
胸を高鳴らせながら、すぐ短い文にとりかかった。
『土鈴さんお疲れ様です。 仕事じゃないなんて疑わないヨ〜。 でも寂しい。 元気しててくださいね。 そして私にもメールください。 どんな短いのでもいいから』
送信し終わった後で思った。
わお、私の初めてのラブレターだ……!
水曜は珍しくバイトがなかったので、藍音は母と約束したサーモン丼を二つ買って、早めに家へ戻った。 母ははじめての海外旅行の準備でいろいろと忙しく、落ち着いて夕食のことなど考えられない状態だった。
階段を上って玄関の鍵を取り出している間も、中から吠え声が聞こえた。 トビーは母と藍音の足音を確実に覚えていて、待ちかねていた。
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