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 その26 大きな事件



 通報が入ったのは、その日の午後五時十三分だった。
 検察帰りで署に戻る途中だった加藤は、たまたますぐ近くを通っていたため、急いで車を回した。
 現場は、いわゆる閑静な邸宅というところで、隙間のない茶色の大門が家の正面を塞ぎ、両側にはウツギとカナメモチの混ぜ垣がびっしりと生い茂っていて、前の小路に立つと屋敷の建物は二階部分しか見えなかった。


 少なくとも、門の前からは家に異変は見られなかった。 だが、真っ先に到着した加藤がインターフォンのチャイムを押したとたん、スピーカーではなく大門のすぐ内側から、弱々しい叫び声が聞こえた。
「警察……? ねえ、警察ですか?」
 おびえている。 加藤はできるだけ穏やかな声で挨拶した。
「そうです。 M署の加藤です」
「よかった〜……!」
 ガチャガチャという音が響き、門が開いた。 そして中から中年女性が疲れきった様子でよろめき出てきた。
 すかさず加藤は警察手帳を提示したが、彼女はほとんど見向きもせず、心からほっとした顔で彼の横に身を寄せた。 肩が大きく上下して、恐怖の大きさを物語っていた。
 それでも懸命に、彼女は玄関の方角を指差した。
「中で……客間で、倒れてるのよ。 この家のご主人が……!」
「救急車呼びました?」
 そう尋ねると、女性は目を見開き、大きく首を横に振った。 その勢いであやうく倒れそうになって、あわてて門の角にしがみついた。
「ううん。 だって死んでるもの。 一目でわかったわ。 ち……血が流れてて、目が開いたままなのよ、両方とも」


 加藤は車から手袋と足カバーを出して、女性の案内で玄関の中に入った。
「被害者はここの住人ですね?」
「ええ、渡部〔わたべ〕さん。 渡部……えぇと何て言ったかしら。 すみません頭がとっ散らかってて思い出せない」
「いいですよ、確認してもらえれば。 それで奥さんのお名前は?」
「ああ……私? そう私ね。 三国弓恵〔みくに ゆみえ〕。 ヘルパーです」
「というと、被害者を介護して?」
「はい。 まだ渡部さん五十六なんですけど、肝臓を痛めてらして、一部の骨が壊疽〔えそ〕を起こしてるんです。 ですからお風呂のときなんかに介護が必要で」
 三国ヘルパーに話を聞きつつ、手と足をカバーしてから、加藤刑事は玄関に上がった。
 











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