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その23 我慢できず
次の日は連休二日目だった。
明け方の空はうっすら曇っていて、いつもより暗く、道筋もいつも以上に静まり返っていた。
出かけた人々と、残って日頃の疲れをいやしている人々。 留守の家は当然無人だし、居残り組は、きっと深い眠りに落ちていて、のんびりと遅い目覚めを迎えるのだろう。
その中で、藍音は習慣を曲げなかった。 愛犬の期待はなかなか裏切れない。 後で二度寝だってできるし、と自分に言い聞かせ、いつもと同じ五時に起き上がると、さっと顔を洗ってから散歩の支度を整えて、はしゃぐトビーの先導で外に出た。
夜が明けてきたというのに、戸外は三十分前よりむしろ暗く、風も強くなってきていた。 人っ子一人いない道路の向こうで、花壇代わりのコンテナから落ち葉が舞い上がり、小さく渦巻くのが見えた。
「なんか寒いね〜、トビー」
トビーは夢中で街路樹の根元を嗅いでいて、主人に見向きもしなかった。 先祖が北ヨーロッパ出身の彼にとって、これぐらいの気温は寒いうちに入らないのだ。
上着を持ってくればよかった、これからでも取りに行こうかな、と藍音が迷っていたとき、不意に背中がぴりっとなった。
肩を回して振り向くと、やはり彼がいた。 すでに以心伝心状態になっているのかもしれない。 スニーカーの足音は聞こえなかったし、第一加藤はそんな靴を履いてさえいなかった。
彼は、出張帰りの日と同じような服装をしていた。 ただ、スーツの色は黒に近い濃紺だし、タイは藍色に白の線が入ったお洒落な柄だった。
目が合って、加藤は一瞬足を止めたが、すぐ大股で近づいてきた。
「車で傍を通ったんだ。 気づいたらもう、我慢できなくなって」
早口で話しながら、脇の下に挟んだホットコーヒー缶を指差した。
「これを自販機で買ってくると言って、車止めて出てきた」
藍音は目を大きくして彼を見つめた。 こんなに早く車で移動してるのか? ひょっとすると上役を会社へ送っている途中?
「偉い人と一緒?」
すると加藤は悪いことをしている最中に見つかった子供のような表情をした。
「まあ、そんなとこ」
藍音はピョンと飛んで、彼に近寄った。
「嬉しいけど、怒られない?」
「見つからないようにするから、三分だけ」
そう言うなり、加藤は両腕を伸ばして、すぐ前にいる藍音に回し、ぎゅっと抱きしめた。
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