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その20 声も好きで
「みんなが一斉に出かけて混んでるときより、後のほうがのんびり楽しめるかも」
慰めようとして藍音が言うと、渋い声が返ってきた。
「目立つんだな、平日に若い男がうろうろしてると。 遊び人みたいで肩身が狭い」
「あ……」
周りの視線に敏感な人なんだろうか。
藍音はちょっと意外だった。 世間体を気にしすぎる人は、いまいち好きになれない。 見栄っ張りみたいで。
「そのくらいは仕方ないでしょ。 いろんな日に休む職業だってあるし」
「うん、そうだね」
加藤は素直に応じた。
「やっぱ公務員だと、堅苦しく考えちゃうのかな」
そっちの考え方か。
藍音はホッとした。 規則的なのが好きといっても、いろんな種類があるんだ。
「私もゴールデンウィークはバイトが主。 安心して。 働くのは加藤さ……晶だけじゃないから」
呼び捨てにするとき、胸がクシュッとときめいた。 私に、カレができた。 ようやくその実感が心に染み込んできた。
できたら晶を学校に連れていって、並んで歩いてさりげに見せびらかしたい。 大学では勉強とバイトに時間を取られすぎて、友達といえるほどの知り合いはいないが、それでも。
加藤はスーツをまとうと着やせするものの、走るときのTシャツ姿だと上半身がパリッと筋肉で張っていて下は引き締まり、すっきりした見事な体つきなのだ。
「そうかー。 それは気の毒だな」
言葉とはうらはらに嬉しそうに、加藤は答えた。
これから出張の報告書を書くので、明日の朝はたぶん走れない、と加藤は告げた。
「レポート面倒でさ〜、いつもぎりぎりまで作れないんだ」
就職したら、自分も間違いなく書類に埋もれるはずだ。 藍音は加藤に同情した。
「書くときは音楽聴く?」
「いや、静かなほうが能率いい」
「集中型ね」
「だな、たぶん」
「徹夜じゃないといいね」
「何時間かは寝るよ」
ゆっくり歩きながらでも、藍音はキャンパスに着いてしまった。 それでもカーブした通路を通って講義室に入るぎりぎりまで、藍音は加藤の声を聞きつづけたくて、電話を切らなかった。
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