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 その16 母に話して



 こんな早くに電話〜〜?
 信じられなかった。 寝ぼけた間違い電話だろうかと思いながら見ると、夕方バイトに行く予定のスーパーからだった。
「ちょっとごめんね」
 加藤にことわってから、横を向いて出た。 すると、岩岸という店長の高い声が響いてきた。
「藤咲さん? あのさ、今朝時間空いてない?」
 藍音は固まった。 ゴールデンウィークの休みの間は、二日間だけ予定を入れて、後はコツコツと働くつもりでいたが、まだその前だ。
「これから、ですか?」
「そう。 島崎さんのシフトだったんだけどね、家で転んで足折っちゃったんだって」
 うわ、痛そう。
 できれば行ったほうがよさそうだ。 今はアルバイトでも競争が激しいから、点数稼ぎも必要だ。
 幸い、授業は午後だけだった。
「はい、午前中なら行けます」
「よかった〜、じゃすぐ来てね」
「はい」
 明るく返事して電話を切ったものの、内心はチッという気分だった。
 交際を申し込まれたその日に、これから盛り上がろうってときに……。
 口を尖らせて携帯を睨んだとき、加藤のなだめるような声が聞こえた。
「バイト?」
「そう。 もうずいぶん長くやってるんで、臨時に頼まれることも多くて」
 先月にも閉店まで代替で働いたことがあった。 難しいレポート提出の前日で、その夜は徹夜同然になってしまった。
「もう仕事の厳しさを知ってるわけだ」
 そう言って、加藤は藍音の手を軽くポンポンと叩いた。 寒い朝でも彼の指はしっかり温かくて、藍音はその快い感触に嬉しくなった。
「もうちょっと話したかったなぁ」
「でも行かなきゃ、だろ?」
 目じりに皺を寄せて加藤は笑い、今度は叩いた手をぎゅっと握った。
「おれは満足だよ。 OKしてもらえたから。 電話が出ててちょうどいい。 番号交換しよう」
 そして彼のポケットからも、ひょいと実用的な携帯が出てきた。


 加藤はわずかな距離ながら、アパートまで送ってくれた。 それから、雨用の支度をしてきたのでせっかくだから一周だけしてくると言って、少し小ぶりになった雨の中に出て行った。


 階段を上る藍音は、夢見心地だった。
 うっかりトビーの足を洗うのを忘れる始末で、抱き上げたまま玄関から入って、服の前が真っ黒! と母に叱られた。
 でもその程度で、藍音の上機嫌は凹まなかった。 レタスサラダの水切りをしながら、母に夢中で報告した。
「あの、ね、この前の道を走ってる男の人のこと、話したよね?」
 母はトマトを手早く切っていた。
「うん、きりっとしてて格好いい人だって? たしか加藤さんっていうんじゃなかった? 車来たとき庇ってくれたんでしょ?」
「そう。 それでね、今朝も会ってね」
 母の視線が窓に行った。
「この雨ん中?」








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