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その15 嬉しい言葉
藍音が提案して、二人と一匹は屋根のあるバス停に行き、ベンチに座った。 トビーのフードは上げてやり、ご機嫌取りに、いつもポケットに入れているワンコ・クッキーのうち、長持ちする硬いのを渡した。
満足したトビーは、二人の足元に腹ばいになって、盛んにクッキーを攻略しはじめた。
目の前の広い通りには、すでに車がちらほらと往来していた。 はす向かいのバス停には、通勤客が二人立っている。 こちら側は駅へ行く路線ではないので、まだ人の姿はなかった。
自分もフードを外して、濡れた前髪をハンカチで拭き、すっきりした顔を見せると、加藤は口を切った。
「早すぎるかもしれないけど、付き合ってほしいんだ」
彼にしては一本調子で、かすれ気味の声だった。
緊張してるんだ、と藍音は気づいた。 その証拠に、防水ズボンの膝に置いた手がギュッと握りしめられている。 藍音は体が熱くなり、外の寒さを忘れた。
すぐ答えようとした藍音の先を越して、加藤は早口で続けた。
「中坊の告白みたいだった。 やり直す。 えぇと」
胸にせりあがってきていた感激が、パンと弾けた。 藍音は緊張のあまり上ずった笑い声を漏らしそうになって、思わず彼の腕に掴まった。
「いいの、今ので。 とっても嬉しかった」
「ほんとに?」
信じられないように、加藤は首を回して藍音をしげしげと見た。
ほんとだから、心から──そう胸の中で思ったとたん、目がうるみそうになった。
「そんなに早くないよ…… 前から朝によく逢ってたし」
「逢ったって言っても、すれ違ってただけだけどな」
彼はそう呟き、形のいい眉を寄せた。
「まあ、こっちは意識してたけど」
今度は藍音が見返す番だった。 驚きで鼓動が一拍、外れて打った。
「え? 無表情だったじゃない、ぜんぜん?」
「そう見えた?」
いきなりハンカチで顔中をツルッと拭くと、加藤は口元にぎこちない微笑を浮かべた。
「なかなか話しかけるチャンスがなくて。 靴が片っぽ脱げるようにして拾ってもらおうか、とか、いろいろ考えた」
今度こそ藍音は笑った。 自分の耳で聞いても、明るくていい笑い声だと思える声で。
その声に重ねるように、トビーが吠えた。 ちょうどクッキーを食べ終わったらしい。 もう一枚を狙っている様子がありありだ。
藍音が首を振りながらポケットから出そうとしていると、もう片方のポケットに入った携帯が、ゆっくりしたメロディーを流した。
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