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 その14 冷たい朝に



 残念ながら、翌朝は雨が降った。
 しかも気温が低く、トビーに小さなレインコートを着せて傘を差しながら道に出ていくと、吐く息が白く見えた。
 雨はけっこう大粒だ。 こんな天気では加藤さんは走らないだろう。 明後日からゴールデンウィークだというのに、こんなに寒いなんて。
 自然と足取りが重くなった。 フードが顔にかかるのが嫌らしく、トビーも下を向いてのそのそ歩いている。 被り物の前半分は透明になっているのだが、それでも視野が狭そうだった。
「早く帰って御飯にしようか。 トイレ、ちゃっちゃと済ませてね」
 藍音が体を折って、トビーの背中を撫でながら話しかけていると、一つ目の四つ角の右手から男の人が歩み出てきて、すれ違った。
 早朝、この道で加藤以外の人と逢うのは久しぶりだ。 藍音は好奇心で顔を上げた。
 しかし、その男性は大きな傘を前のめりに持っていて、陰になった顔立ちははっきりわからなかった。


 路面はどんどん濡れて、黒ずんできた。
 トビーは雨のかかりにくい街路樹の下に行き、遠慮がちに朝のお勤めをすませて、後はすっきりしたらしく、始末する藍音の周囲をせわしなく動き回って、早く早くとせきたてた。
 その自分勝手さに、藍音が笑いながら立ち上がったとき、四十メートルぐらい離れた横道を走って渡ってくる加藤の姿が見えた。


 あっ……!
 藍音は思わず伸び上がった。
 一瞬、別の人かと思った。 防水らしいウインドブレーカーをきっちりと着て、首までファスナーを上げているし、フードを深く下ろしているから、いつもの姿とはずいぶん違う。
 しかし軽やかな走りは、まさしく彼のものだった。
 帰りたくてじれていたトビーも加藤に気づいたらしく、鼻声を出すのを止めて、じっとその方角を見ていた。
 加藤は、あっという間に藍音までの距離を詰め、前に立った。
「ひでぇ雨」
 なんだか感激して声を出せず、藍音はただうなずいた。
 加藤は、本音を隠そうともしないで、しごくあっさりと言った。
「今日は鍛えるってより、二人の顔見たくてさ」


 二人?
 トビーまで仲間に入れた?
 思わず藍音の顔がほころんだ。








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