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 その12 話が合って



 加藤は、聞き上手だった。
 そのことに、藍音は少し驚いた。 てきぱきしていて自己主張が強そうなのに、実際に話すとそうではなかったからだ。
 サッカーが好きだが特にひいきのチームはないと、彼は言った。
「入れ込んで熱くなっちゃうと面倒だから」
「野球は?」
「たまに見るぐらいだな。 君は? スポーツ見るとしたら、何?」
 勉強とバイトに忙しくて、長いスポーツ中継を見る時間がない。 それでも藍音は考えてみた。
「マラソンかな。 大学駅伝とか」
 駅伝中継は、正月など皆がくつろぐときに多いし、延々とやっているようでいて、つけっ放しでたまに目を向けても経過がわかりやすいので、気楽に見られた。
 加藤は嬉しそうになった。
「走るの見るの好き? いいよね、運動の原点だ。 他には?」
「体操やトランポリンも好きかな。 全身をフルに使う感じが」
「体操って、あれよくできるよな〜。 四分の三回転とかって、空中でどこ見てるんだと思う」
「それだとスノボーもすごい。 チューブから飛び出て何回転もするでしょ? あれってはらはらする」
「ダブダブのズボンで、よく足引っかからないよな」
 藍音は中学まで陸上の選手だったので、スポーツには興味があった。 加藤がうまく合わせてくれて話が弾み、食欲も進んだ。


 彼が、藍音の私生活に立ち入ろうとしないのも、気持ちが落ち着く原因だった。 女二人で暮らしていると、用心深くなる。 まだ知り合って間もない男性に、最初から根掘り葉掘り訊かれたくなかった。
 たとえ、好意を持ちはじめている相手でも。


 彼も、自分のことをほとんど語らなかった。 ただ、楽しい食事に満足して店を出て、二人してバスに乗ろうとしているとき、何かのきっかけで口にした。
「うん、汚職でつぶれたりする会社はあるけどね、うちは大丈夫なんだ。 公務員だから」
 堅実だ。
 それに、第一印象の通り、男っぽい中に配慮があった。 食べ終わって、食事代を自分が出すと言った後、さりげなく付け加えた。
「次は君の好きなとこに行こう。 そのときは、おごってもらうかも」
 次の話をしてる。 胸がふんわり温かくなった。
「激辛の店とか?」
 加藤は驚いた顔をした。
「そんなん好き?」
 藍音は笑って首を振った。
「言ってみただけ」
「そうだろ? あんまり辛いと胃に穴あくよ」
 加藤も安心したように笑った。 やっぱり健康志向だ。


 この人をアパートに連れてって、カレです、と紹介したら、母はきっと喜んでくれる。 もうあまり気が咎めずに、藍音はそんな場面を想像した。
 バスの座席に並んで座ると、膝が軽く触れ合った。
 二人とも脚を動かさず、そのままにしていた。 もうちょっとくっついて座ってもよかったな、と、藍音は心の隅で残念がった。







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