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その10 新たな期待
積極的だ。
だが、無遠慮という印象はなかった。 彼の言葉遣いや態度に厚かましさはない。 ただ、いい機会が巡ってきたから、生かそうとがんばってみているという風に見えた。
どことなく照れの感じられる話し方に、藍音はいっそう惹かれた。 それで、加藤に心からの微笑みを投げた。
「どこにします?」
彼は目をパチパチさせた。 どうも具体的に考えていなかったらしい。
「そうだな。 藤咲さんは食い物何が好き?」
食い物って……。 言葉遣いがいかにも男っぽくて、女世帯の藍音には面白かった。
「好き嫌いはほとんどないけど。 あんまり正式な店でなければ、どこでも」
「ああ、ナイフがどーのこーのって店ね」
加藤はにやっとした。
「あれはやめとこうね。 食った気がしない」
二人は少し話し合って、近くの京王線府中〔ふちゅう〕駅で待ち合わせることにした。 時間はちょうど正午に。
藍音にとっては、久しぶりのデートっぽい待ち合わせだった。
男性に誘われたのは、大学一年の一学期以来だ。 周囲は入学の嬉しさと興奮で上気していて、密かな好奇心でお互いを見やっていた。
その中で、図書館のブースに藍音が置き忘れた教科書を、同じ新入生の男子がわざわざ渡しに来てくれたことがあった。
目元のすっきりした青年で、竹上という名前だった。
あのまま付き合っていたら、けっこういい線行ったかもしれない、と、今でも思うことがある。
だが藍音は勉強とバイトで一杯一杯だった。 自由時間をほとんど取れない状態で、ほころびかけた交際は、つぼみのままで立ち消えになった。
遠距離恋愛なんて、よほどの覚悟がなきゃ続かないだろうな、と、あのとき藍音は考えた。 同じ大学の構内にいたって、なかなか顔を合わせられないうちに、気持ちが遠ざかっていくのだから。
ただ、加藤との知り合い方は、それとは違った感じがした。
彼とは朝、自動的に道で会えるのだ。 たとえ短い時間でも、お互いを確かめることができる。 今日は一段と健康そうだな、とか、ちょっと暗いな、とか、じかに見て取れる。
これなら希望が持てるかもしれない。 もちろんすべてはまだ始まったばかりだけど。
いい春だなぁ、と、藍音は改めて思った。 そして、加藤を見て尻尾を振るようになったトビーに、特別ボーナスとしてワンコ・クッキーを二枚プレゼントした。
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