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祭の後のような物悲しさをまとって、絵津は木更津へ戻った。
故郷の夏は、それほど素晴らしかった。 親友の木実と暖かい家庭、そして真路。
私も奈々歌さんのような幸せを掴みたい。 真路そっくりの赤ちゃんを抱いてみたいし。
そこまで考えて、帰りの車の中で絵津は勝手に赤くなった。
マンションの前の道に横付けしても、二人はすぐには別れられなかった。
「電話するね」
「俺からかけるよ」
「じゃ、メールする」
「それより、直接会いたい。 電車乗って、明日にでも来ようかな」
「明日〜?」
「どっかに泊まって、毎日会いに来るのは?」
「嬉しいけど、真路も予定あるでしょ?」
「キャンセル。 もろキャンセル」
「悪いよー、真路の友達に」
眉間に縦皺を寄せて、真路は少し考えた。
「そういえば、あさって飲み会ある。 金曜にこっち来るよ。 それならいい?」
絵津は満足しきった猫のような笑顔を見せた。
「いいに決まってるじゃん。 ああ、街で誰か知り合いに逢わないかな。 見せびらかしたいな、二人で歩いてるとこ」
「なんだそれ」
真路は目をきらめかせて笑い返した。
絵津がマンションの奥に入っていくのを身届けてから、真路は車の向きを変えて帰っていった。
エレベーターに乗ろうとして、絵津は傍の壁に寄りかかっている大崎にようやく気付いた。
途端に喉が詰まって、頬が強ばった。 絵津に向けられた大崎の瞳は、古代の鏡のように鈍く光っていた。
「友達のところへ泊まるって、女の友達じゃなかった?」
絵津はまともに大崎を見返せなくなって、横に視線を泳がせた。
「偶然真路に逢ったの。 買い物に行って、それで……」
「よりが戻った」
最後を大崎が付け加えた。 声に冷たい怒りが見え隠れした。
「簡単に復活しちゃうんだな」
「簡単じゃない」
思い切って、絵津は言い返した。
「ずっと想ってくれてたって、わかったから」
「ずっと?」
「そう、中学の時から。 私の好きだったバンドとか、よく行くショップとか、みんな知ってた」
「前はそう言わなかったのか?」
「言えなかったらしい。 片想いだと思ってたんだって」
大崎は絶句した。
しびれるような沈黙が数秒続いて、ようやく大崎は壁から体を起こし、元気を失った声で言った。
「不公平だな。 ハンデ付きじゃ」
「ハンデって……」
「だって向こうは、小さい時から知ってるんだろ。 僕にはそんなチャンスなかったわけだし」
「まあ、そうだけど……ごめんなさい」
絵津が反射的に頭を下げるのを、大崎は寂しそうに見守った。
「僕だってほんとに好きだったんだよ。 裾の長いウェディングドレス着たらどんなに綺麗かな、とかよく考えたんだから」
絵津は言葉を思いつかなくて、もう一度頭を下げた。 下を見ながら、ふと考えた。
――この人が好きなのは、私の中身より、イメージなんだ、きっと――
美化されていることに、これまでもなんとなく絵津は気付いていたが、その気持ちが確信に変わった。
大崎は、絵津が静に見せている控えめなおとなしい姿しか、目にしていなかったのだから。
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