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表紙

火の雫  93
 わだかまりのなくなった真路は、新鮮だった。
 もう虚勢を張ることもなく、友達や周囲に好かれる楽しげであっさりした性格が表に出てきた。


「くやしいなぁ、タイニータグの限定版、ほしかったな」
 絵津は本当にショックを受けていた。 母が感情的なのはわかっていたが、まさかここまでやるとは思わなかった。
「俺もムカつく。 絵津がちゃんと受け取ってくれてたら、もっと早く友達になれたはずだったなんて思うと。
 でも、もういいよ。 ちゃんと誘えなかった俺も悪いし。 どう言ったらいいか、よくわからなくてさ」
「うん」
 確かに説明しにくい関係だ。 絵津は真路の手首を取って、柔らかく握った。
「威張ってたんじゃないんだ」
「気詰まりだったんだよ。 それだけ」
「私も。 なんか距離感あった」
「今は?」
 絵津は初めて、真路に開けっぴろげな笑顔を見せた。 それは、頭の上へ陽気に照りつける真夏の太陽さながらに、明るくまぶしかった。
「ぜんぜん」
 ちょうど、真路の家につながる角を曲がったところで、二人はどちらからともなく顔を寄せ、タンポポの冠毛のように、ふわりと唇を合わせた。
 柔らかな感触から、心を包む優しさが伝わってきた。




 玄関の扉を開ける前から、興奮した犬の吠え声が響いた。 そして、真路が中へ踏み込もうとしたのとすれ違いに、スキップが飛び出してきて、嬉しさにあえぎながら絵津の周囲を駆け回った。
「スキップ! いい子だねー、どうして覚えていてくれるの? ずいぶん久しぶりなのに」
「だから言ったろ。 こいつ、頭いいんだ」
「飼い主が好きな人は、犬も好きなんだよ」
 別の声が家の中から聞こえた。


 絵津はドキッとして、膝に前足をかけたスキップの頭をなでていた手を止めた。
 薄暗い空間に目が慣れると、加賀谷雄策が上がり口に立っているのがわかった。 絵津はスキップを抱き上げ、小さく頭を下げて挨拶した。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 雄策の声に、不思議な艶が混じった。
「来てほしいと、ずっと思ってたんだよ。 さあ、入って」









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