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表紙

火の雫  91
 娘たちが真路を連れて帰ってきたのを、奈々歌はあっけらかんと迎えた。
「こんちはー。 いつ来るかなーってちょっと楽しみにしてたのよ」
「え、どうして?」
 思わず絵津が尋ねると、奈々歌はフッと笑って、真路の顔を覗きこむようにした。
「エッちゃんが駆け落ちしたとき、将美がひどく後悔しててね、ずっと意地悪してたから、うちの子がとばっちりで嫌がらせされる。 きっと捨てられて戻ってくるっておろおろしてたわ」


 絵津はみぞおちに嫌な衝撃を感じた。 お母さんが? 今度は何したの?


「将美は性格悪くないんだけど、思い込みが激しくてね」
 三人を山小屋風の居間に入れ、アイスコーヒーをふるまいながら、奈々歌はどこか嬉しそうに説明した。
「加賀谷さんが子供を取りあげるために何でもすると疑ってたの。 それで、ポストに入ってた封筒とか、年賀状とか、真路くんの名前が書いてあるものは片っ端から捨てちゃったんだって」


 絵津は、コーヒーの入ったコップを配っていたが、ぐらりとなって危うく真路の胸にぶちまけるところだった。
 文字通り、目まいがした。 それって、どういうこと……? 真路が私に、何かくれようとしてたの?
「封筒って?」
 勇気をふりしぼって、絵津は真路に囁きかけた。 受け取ったコップをぎこちなくテーブルに置くと、真路もごく低い声で答えた。
「タイニータグっていうグループに昔はまってただろ? 友達の妹から聞いて、コンサートのCDの限定版送ったんだ」
 絵津は、膝が砕けてソファーに座りこみそうになった。 初版の、プレゼント付き限定版だ! 中学のとき、すごく欲しかったやつじゃない!
「やだー ……もう手遅れだけど、ほんとにありがとう」
「いや、会って渡せばよかったんだ。 ただ、よく知らない男の子からいきなり手渡しされたら、きっと引くだろうと思って」
 こんなことなら、毎年用意して一度も渡せなかったバレンタインのプレゼント、勇気を出してポストに入れておけばよかった、と、絵津は心底悔やんだ。
「そういう心のこもった贈り物だったのに、加賀谷さんが陰で糸引いてると思い込んじゃったのね、将美は」
 奈々歌の推理に、絵津と真路は言葉もなく目を見交わした。








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