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二人とも、口を開くことを忘れた。
人通りのある道に立っていることも意識しなくなった。
やがてカチャカチャと、自転車を起こす軽い音がして、真路がぼんやりと顔を上げた。
木実が、自分のチャリを道路の脇に置き、絵津のを立てていた。
真路と視線が合うと、木実は冷ややかな声で言った。
「今ごろ来たんだ」
真路は、絵津の体から手を離し、改めて肘をそっと握り直した。 そして、穏やかに答えた。
「いろんなしがらみがあったから」
「好きなら突っ走れよ」
男の子のように言い切ると、木実は自転車を押してきて、絵津の横に止めた。
「突っ走ったけど、遅かったんだ」
木実に向ける真路の眼差しには、意外にも親しみが感じられた。
「連れていかせないようにしようと思ったが、サッと車で通り過ぎちゃって」
はっとなって、絵津はすぐ横にある真路の顔を見上げた。
「道にいたの? あのとき……」
唇を引き込むように噛んで、真路は頷いた。
そういえば…… 絵津は思い出した。 八王子のマンションから去るとき、運転席でバックミラーに目をやった大崎が、何度も見直していたことを。
振り返ればよかった。 あんなに気持ちが崩れていなければ、ちらっとでも見てみたのに。
そうしたら、きっと車を止めてもらって、引き返していたのに!
木実は、率直な視線を真路に据えた。
「もう放り出さないって誓う?」
真路の肩が動いた。
「放り出してなんか……」
「放り出したよ」
木実は断固として繰り返した。
「よさげなこと言って、そのまま放っとく。 それ何回繰り返した?
他の子なら、そうやって興味引っぱるのもいいよ。 でも、絵津はちがう。 絵津にはしっかりした土台が必要なの。 だって、両親ともちゃんとした親してないんだもの。
絵津の気持ち守れる? ぐらぐらしない?」
「俺さ」
真路の声に力が入って、太くなった。
「逆なんだ。 中学のときから、付き合うのは絵津と決めてたもんで、他の子は目に入らなかった。 遊びで誘われたことはあるけど、相手もぜんぜん本気じゃなくて。
絵津がいなくなってから、初めて回りを見て、まじめに付き合える人を探した。 でも、どうやっても途中で疲れるんだ。 申し訳ないと思うけど、まったく盛り上がらなくなって」
真路の視線が、横に逸れた。
「ちゃんと謝って別れてる。 なかなか許してもらえないけど。 身勝手だとわかってるから、すごく落ち込む。 でも、別れないともっと落ち込むんだ」
視線が、次第に空へ向かった。
「何度も言われた。 すぐ飽きるバカって。 でも俺、絵津に飽きたことないんだ」
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