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「そうは、言わないと思う、まだ……」
答えながら、絵津は自分がじれったかった。 相手が真路だと、どうしてこうはっきりしなくなってしまうのだろう。
会話をするには少し離れすぎだと思ったらしい。 真路がぎこちなく歩いてきて、自転車の前輪の斜め前に立った。
絵津は一瞬、身を硬くした。 だが、すぐ気付いた。 あの重苦しさが、消えている。
前は、真路が傍に来ると圧倒された。 逃げたくなったことさえあった。 しかし、初めて喧嘩して別れ、心の距離が離れた今になって、絵津は真路にこれまでにない親しみと愛しさを感じた。
あれは、嘘の混じった付き合いだったからだ、と絵津は気付いた。 圧迫感を感じたのは、真路が無理をしていたからだ。
もう彼は、芝居をしていなかった。 絵津は、肌でそれを感じた。
話そうとして、真路は顔をしかめ、かすかに咳払いした。
「親父に、追い出されかけた」
絵津はぎょっとなった。
「えぇー?」
「余計なことするな、こじれるばかりだろうって、ガンガン怒鳴られた」
呟くように話す真路の視線は、自転車の前篭にジッと据えられていた。
「最後に、絵津と同じこと言ってた。 好きな女を見つけろって」
絵津は小さく頷き、目をそらした。 突き放されたような気持ちになったのを知られたくなかった。
普段の生活に戻ったのを後悔してはいない。 だが、夢が消えたのは事実だった。
平凡な小学生だったあの日、不意に親身になって庇ってくれた上級生の男の子は、もう夢の存在ではなく、シャボン玉になってしまった。
目が醒めたように、絵津は後ろを振り返った。
「あーっと、アイスクリーム買いに行かないと」
今度は、真路が口を閉じてうなずいた。
「じゃ、元気で」
他に挨拶のことばを思いつかなかったので、絵津はあやふやにそう言って、自転車の向きを変えた。
足を踏み出したところで、背後から声が聞こえた。
「俺、傲慢じゃなかったんだよ」
絵津は目を見開いた。 止まろうと思ったが、足が勝手に前へ動いた。
「自信がなかったんだ。 勝手にさ、一方的に追っかけてたから、絵津がいつ本心を出すか、怖くて」
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