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一瞬、鼓動が止まった。
それから、胸を突き上げるほどドキドキし始めた。
絵津の心臓に異変が起きている間も、自転車はひとりでに角を回り、斜め向かいのパーラーに近付いた。 木実は前を走っていたため何も気付かず、もう自転車を降りて、買い物の列に加わっていた。
だが、真路は絵津に気付いた。 けっこう距離は離れていたが、彼が瞬時に絵津を認めたのは、すぐわかった。
不意に口の端が落ち、目が大きく開いたのが見えた。
彼は、途方に暮れた顔になった。
そんなのは、今までで初めてだった。
考えがまとまる前に、絵津は突然自転車を回して、角の右側まで戻った。 思いもかけない強い感情が、絵津を押し流していた。
道を覗くとき、半分確信していた。 真路は、もういない。 さっさとどこかへ行ってしまってる。
だから、思いもかけず彼の姿が目の前にクローズアップされたとき、体が硬直した。
どうすればいいか、わからなくて。
真路は、凄い勢いで近付いてきていた。 一秒でも早く、四つ角にたどり着きたいというように。
そんな彼が、絵津を見たとたん、ピタッと静止した。
四メートルほど離れて、二人は見つめ合った。
間もなく、真路の唇が小さく痙攣し、目が充血した。
斜めにうつむいて激しく瞬きすると、睫毛の間から水滴が飛び散るのがかすかに見えた。
ようやく視線が外れたので、絵津は金縛りから解けた。
それで、自転車を引きずって、のろのろと真路に近付いた。
「あの……三日前にこっち来たの」
目を逸らしたまま、真路は固い声で訊いた。
「あいつと一緒に?」
すぐには誰のことかわからず、絵津は迷った。
「あいつって……ああ、大崎さんのこと? 来てないよ。 木実んとこへ呼ばれただけ」
「でも、付き合ってるんだろう?」
絵津は言葉に詰まった。
友達以上、恋人未満は、付き合ってると言えるのだろうか。
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