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表紙

火の雫  85
 今のところ、真路はフリーらしいと木実は言った。 だが、またすぐ彼女を作りそうだ、とも。
「冷たいって評判なのに、なんでモテるの? すごい不思議」
「それは……」
 所有欲をかきたてるからではないかと、絵津はこっそり思った。 真路はいろんな意味で条件がいい。 その上、気さくだ。 少なくとも、最初のうちは。
 簡単に心の中へ踏み込ませてくれないとわかるのは、しばらく付き合った後なのだ。


 故郷へ帰ってきているのを、真路は知っているだろうか。 気付いていたら、きっと嫌な思いをしているはずだ。 絵津は、えらく重苦しい気持ちになった。
 滞在を切り上げて、早く帰りたくなった。 しかし、それは木実が許さなかった。
「やだー、せっかく来たのにー。 加賀谷くんは、もう過去じゃない。 失恋なんて誰でもするよ。 乗り越えてかなきゃ、どうにもならないんだから」
「わかってるよ」
「うん、偉そうなこと言ってごめん」
「えーなんで木実があやまるの?」
「よくわからなくなったから、とりあえずあやまっとこうかなと思って」
 二人は顔を見合わせて、プッと噴き出した。




 翌日、絵津は奈々歌の自転車を借り、木実はマイチャリで、街へ食料の買出しに行った。
 浜に近い屋台に、新鮮なシラスが白い砂粒のように積まれていた。 どっちも千葉育ちだから、海の幸は好きだ。 ポリ袋にたっぷり詰まったのを買い、前篭に入れた。
 浜辺に下りた流れで、乗らないまま自転車を引いて歩きながら、二人は買い物を点検した。
「かつおの叩きと刺身の詰め合わせ、ボローニャ・ソーセージ、赤ピーマン」
「キャベツと白滝と貝柱。 江国屋の昆布ダシ買った?」
「うん、ここにある。 これ、湯豆腐にするとおいしいんだよね」
「あ、『ミキ・パーラー』に特製アイスシュー出てる! 買って行こう」
 名物のアイスシュークリームは、品数限定で、しかも毎日あるわけじゃない。 もう店先に列が出来かけているのを見て、二人は急いで自転車に乗った。
 思い切りペダルを漕いだ後、惰性で四つ角を斜めに渡っていると、右手の数ブロック先に、真路が立っていた。








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