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なぜか、絵津はカッとなった。 これまで木実にイライラしたことはほとんどなかったが、今度は目まいがするほど腹が立ち、思わず言い返した。
「自分がいい人見つけたからって、私までくっつけようとしないで」
木実は別に驚いた様子はなく、ただ軽く眉を上げただけだった。
「いい人ってサヤマンのこと? ちがうよー、彼、奥さんいるもの」
もうベッドに座っていたからよかったものの、絵津は腰を抜かすところだった。
「奥さん? だって彼まだ……」
「院生でしょ。 見かけより年くってるんよ。 二十六だったかな、確か」
「うわ、なんか……」
「ただびっくり?」
そう問い返して、木実は微笑した。
「でも彼さ……」
言いかけて、絵津は口をつぐんだ。 だが、木実が絵津の言いたかったことをずばりと突いた。
「私に惚れてる?」
絵津は二の句が継げなくなった。
脚をまっすぐ伸ばし、上体を曲げて爪先に手を届かせながら、木実は淡々と言った。
「ほんとにそうなんだ。 私に会いたくて、うち来るんだよ。 でも手出すとかそういうんじゃなく、傍にいたいだけなんだって」
「ほんとに?」
「うん、触ってこないし、危険だと思ったこともない」
体をほとんど二つに折って、木実は苦しそうにキューッと唸った。
「あー、筋肉固くなった。 もう年だ」
それでも背筋は強いらしい。 ピンとばねのように上半身を起こすと、木実はまっすぐ絵津の眼の中を見た。
「大崎って人、サヤマンに近いんじゃない?」
絵津は、反射的に視線を逸らした。
心の奥でうすうす感じていたことを、木実の問いで残酷なほどぐっきりさらけ出された気がした。
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