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表紙

火の雫  81
 あっけに取られて挨拶も忘れ、絵津はまじまじと、初めて見る男子を見つめてしまった。
 木実の顔が、少しだけ赤くなった。
「あ、この人? 佐山くんだよ。 おとうさんの従兄弟」
 母親の再婚相手の野村耕三を、木実はおとうさんと呼ぶようになったらしかった。
 絵津は、人なつっこい方ではない。 初対面の男の子を前に、一言しか口に出せなかった。
「どうも」
「こんちわ」
 背の高い『佐山くん』は、のんびりした顔からは想像できない男性的な深い声で応えた。


 荷物運びに来たのだと、佐山は言った。 確かに、駅の表に出てみると、駐車場に鉄骨と帆布でできたような奇妙なバギー車が停まっていて、その助手席に、佐山は慣れた手つきで絵津の荷物を運びこんだ。
 女子二人は、後部座席に坐った。
 初め、絵津は運転席の佐山が気になって、あまり話せなかった。 しかし、風が容赦なく吹き付ける車内で、木実が二人きりの時とまったく同じ態度で次々としゃべりかけてくるので、いつの間にかいつものペースになった。
「すごいでしょ、この車。 雨が降ると傘さして乗るんだよ」
「えー?」
「そういうこと言うなよ。 本気にしちゃうだろ?」
 前の席で、佐山が笑いながら文句を言った。
「後ろから屋根引き出して、この横のところにつけるんだ。 少なくとも、頭は濡れないよ」
「横は濡れる。 だから、いい服着て乗れないの」
 木実はケタケタ笑った。
「ピザ配達の車みたいだよね〜。 見たことある? チョロQに似たやつ」
「さあ、どうだったかな〜」
 車の横を流れる懐かしい景色にに目をやりながら、絵津はぼんやり答えた。 木実の傍にいるといつも感じる、まったりした安心感が快かった。


 木実の家につき、母の奈々歌〔ななか〕に歓迎されて、庭からがやがやと屋内に入った。 耕三と佐山が共同で作ったというパーゴラとバーベキュー設備が、庭の東側を占領している。 荒削りだが、きちんと白木が組み上げられていて、芝生の庭にうまく溶け込んでいた。










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