表紙目次文頭前頁次頁
表紙

火の雫  80
 三学期になって、進路指導が始まった。
 だが、絵津には何も決められなかった。 将来と今の自分の間には、ゆらゆら揺れる灰色のカーテンが下りている。 向こうに何が待っているか、見えそうで見えない。 そんな気分が、常に心を覆っていた。
「みんな、そんなようなもんよ」
 迷って、久しぶりに電話した木実は、あっさりと答えた。
「先の目標が見えてる人のほうが、少ないんじゃない? だから、とりあえず進学しといて、後で考えれば?」
 うちは義理の父と未来のことなんか話し合えない。 同じ境遇なのに、木実とはえらい違いだ。 彼女は、いろんな夢を取り替え引き換えしたあげく、工業デザイナーになるべく準備を始めていた。
 家族は全面的に応援しているらしい。 木実の新しい父は思いやりがあって素敵な人柄だ。 絵津は内心うらやましかった。
「上へ行くにはお金かかるっしょ。 高卒で就職は大変らしいけど、やっぱ働くかなぁ」
「まだ時間的余裕があるから、夏休みあたりまでに決めれば? 勉強は一応しといてさ」
「うん……じゃ、また電話するね」
 珍しく煮え切らない声を出して、絵津は携帯を切った。


 先延ばししたことは、ぎりぎりまで決められないものだ。
 三年生になっても、絵津の迷いは続いていた。 最近、大崎の態度が少しずつ変化していて、卒業したら旅行へ行こうとか、男は早く身を固めたほうが社会的信用ができるから、とか、未来をほのめかすようなことを言い始めた。 そのせいで、絵津のふらつきも大きくなった。
 大崎のことが、とても好きだった。 彼とはよく気が合う。 一緒にいると楽しいし、彼もそう感じているらしかった。
 高校を出たら、即結婚、ということになるのかな。
 それも悪くない、と、絵津は思い始めていた。




 やがてまた、夏が巡ってきた。
 絶対来てくれと、木実に念を押されたので、絵津は例年通り、七月の末に故郷の町へ戻った。
 母は来ず、静かな駅に降り立ったのは絵津ひとりだった。 だが、いつも通り迎えに来た木実は、一人ではなかった。
 ジーンズのハーフパンツを穿いた、がっちりした男の子が、隣りに立っていた。










表紙 目次前頁次頁
背景:ぐらん・ふくや・かふぇ
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送