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日曜の十一時に、絵津はマンションを出て、とことこと駅まで歩いていった。
その日は曇りで、帽子の必要はなかった。 しゃれたカフェやコスメショップ、宝石店などが入っているTビルの前のベンチには、白いショルダーバッグを持った母が、落ち着かない様子で坐っていた。
絵津が近付くと、将美は一瞬視線を合わせてから目を逸らし、そっけなく言った。
「中、入るよ」
絵津は、黙ってついていった。
一階の突き当たりにあるレストランに、将美は娘を連れていった。
装飾を兼ねて壁に飾った菱形の時計を見ながら、将美はつぶやいた。
「十一時三十一分か……ちょっと早いけど、なんか食べよう」
「うん」
小声でも返事が戻ってきたので、将美はホッとした様子で、また娘のほうを見た。
「何にする?」
「定食でいい」
「じゃ、お母さんもそうするわ」
将美が自分をお母さんと呼んだのは、ずいぶん久しぶりだった。
やがて運ばれてきた料理には、美人の横顔がクリームで描かれたコーヒーがついていた。
「へえ、しゃれてるね」
「飲むのが惜しいみたい」
カップをそっと指で撫でてから、将美はいきなり本題に入った。
「あの子から聞いたんでしょう?」
いただきます、と呟いて、絵津はフォークを取った。
「聞いた。 本当なの?」
将美は顔をうつむけ、クリームコロッケを口に運んだ。
一つ食べ終えた後、迷いを断ち切った顔で、将美は語り出した。
「うん、でもあっちの話だけじゃなく、お母さんのもちゃんと聞いて。
加賀谷の雄策〔ゆうさく〕とは付き合ってた。 結婚も考えてたんだけど、向こうの親が反対だった。 それに、医者の学校って長いでしょう? 卒業するの待ってたら、だんだんだれてきた。
向こうもこっそり遊んでたと思うよ。 でも、こっちは別の人に真剣になった。 ていうより、貝原がぐいぐい迫ってきて、押し切られちゃったのかな」
絵津は黙々と食べていた。 少し前なら、眉を吊り上げて母に噛みついていたかもしれない。 だが、今は単純に怒れなかった。
真路と大崎の間で、気持ちが大揺れになっている今は。
将美はぼんやりと焦点を散らしながら、プチトマトを攻略し始めた。
「好きだって言われると、幸せなんだ。 愛されたい、かわいがられたいと、すごく思う。 こんなこと娘に言うのバカみたいだけど、お母さんそういう風に生まれついてるんだから」
母は自分に正直なんだ。 見た目も確かにかわいいし。
絵津はスプーンを横に置き、改まって尋ねた。
「加賀谷さんは、私に気付いた後、どうした?」
将美の目が、絵津に釘付けになった。
「あんたをぜひ引き取りたいって言ってきたのよ。 聞かなかった?」
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