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表紙

火の雫  72
 へっ?


 絵津は、思わず笑いそうになった。
 いったい何言ってるの?
 何ぶっ飛んだ発想してるの。 ありっこないじゃない。 どうかしてるよ、真路。


 真路が不意に歩み寄ってきた。 絵津は思わず身を固くしたが、彼は横をすり抜けてドアのほうへ行き、電気をつけた。
 不意に目が痛くなるほど明るくなって初めて、絵津は部屋がどんなに暗かったか悟った。
 テーブルに置いてあった携帯を取ると、真路は写真を選んで絵津の目の前に突き出した。
「親父の顔。 眼鏡取ったところ。 これ見てどう思う?」
 一瞬目を背けた。 見たくなかった。
 だが、さっき逃げないと言ったのを思い出した。 絵津は肩を怒らせ、鋭い視線を小さな画面に据えた。
 自分そっくりの眼差しが見返していた。


 こんなに似た目つきだとは、想像もできなかった。 長い睫毛に、特徴のある上瞼のライン、少し開き気味の位置まで、絵津と同じだった。
 知らない間に、口が開いていたらしい。 真路は電話をソファーに放り出し、乾いた声で言った。
「あっけ? 口がポカンってなってるよ」
「こんなの……偶然よ」
「ちがうね」
 容赦なく、真路は断言した。
「俺なんか、小ちゃいときから知ってたんだ。 母さんがもう一人子供ほしくて、親父とケンカ始めちゃって、できないのはあんたのせいだって言ったんだよ。
 そしたら親父が、俺にはちゃんといるって。 売り言葉に買い言葉でさ」
 そのまま真路は、ソファーにドシンと坐った。 横にあった携帯が、跳ね上がって落ちそうになった。
 乱暴に電話を受け止めながら、真路は続けた。
「絵津のお母さん、二股だったんだって。 それがわかって、親父は怒って別れた。 で、そっちはそっちで結婚して、親父も後で母さんと一緒になった。
 絵津が三つのとき、街で見て、心臓が変になったって、親父のやつ」
 声からとげとげしさが薄れた。
「すごく気が合ってたんだよ、うちの両親。 結婚前にできてた子だし、すぐ仲直りした。
 そんとき、母さんが、親父に同情したようなこと、ちょっと言ってたんだ。 ほんとの娘を手元で育てたかったでしょうね、かなんか」








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