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買ってきたものをテーブルに置いて、絵津は静かに答えた。
「大崎さん。 借りてた部屋のオーナーの息子」
「あいつ何度もチャイム押してた。 知らない顔だから無視してやったけど」
それから真路はゆっくり振り返った。 定かではなかったが、絵津の顔をまっすぐ見据えているように感じられた。
「ずいぶん立ち話してたな」
「うん」
「連れ戻しに来たんだ?」
ずばりと言われて、絵津は固まった。
だが同時に、もう自分の口から説明しないでいいという安心感も心をよぎった。
「真路」
「なに?」
「私、逃げ出さないことにした」
わずかな沈黙が続いた。 真路が口を開かないので、絵津は苦心しながら言葉を続けた。
「学校へ戻る。 卒業したら働いて、世話になった人に借りを返す」
まだ真路は黙っていた。 体も動かさない。 増してくる圧迫感に、絵津はよろめきそうになった。
「泊めてくれて、すごい嬉しかった。 学校が近いなら、ここから通いたいけど、無理だから。 でも」
でも、真路とはこれっきりになりたくない。
そう言いかけたとき、真路の声が切り込んできた。 まるで刃物のように。
「いいよ、別に。 絵津が選んだんだから」
絵津は唇を湿らせた。 三メートルぐらいしか離れていない真路が、みるみる遠ざかっていく気がした。
「始めたことはちゃんとやりたいの。 母さんみたいな生き方はしたくない。 次々と恋人作るのも嫌。 だから」
「だから?」
突然、真路が笑い声を上げた。 いつものくったくない様子とは別人のような、苦く冷たい笑いだった。
「あのひとが浮気症だから、今の俺たちがあるんだろ?」
なんの話?
わからなかった。 まったく理解できなかった。
だが、嫌な予感が氷の渦となって足元から這い上がってきた。 絵津は、顎の付け根が固まり、口を動かしにくくなった。
「浮気症って……なによ」
「聞いてないの?」
ようやく真路の体が動いた。 それも、大きく揺らいだ。
「隠し通せると思ってたんかな。 ほんとバカじゃねーの」
「何のこと!」
耐えられなくなって、絵津は大声で叫んだ。 真路は一歩彼女に近付き、そこで立ち止まった。
「絵津の父親は、貝原昭洋じゃない。 うちの親父なんだ」
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