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淡い微笑を保ったまま、大崎が訊いた。
「これから一緒に帰る? 今日は電車で来たんだけど、荷物持っていくなら、すぐレンタカー借りられるよ。 僕、社員だから」
絵津は瞬きした。
「真……加賀谷さんに言っとかないと。 半月も泊まらせてくれたから」
「置手紙かメールじゃまずい?」
「ちゃんと向き合って説明したい」
「でも」
背後の建物を振り返って、夕陽のまぶしさに大崎は目を細めた。
「今は留守みたいだよ。 さっきチャイムを鳴らしたけど、返事がなかったから」
「じゃ、帰るまで待ちます」
大崎の表情が変わった。 笑顔が失せ、少し固くなったように見えた。
「なんか心配だな。 部屋から出さないって閉じ込められたりしないかな」
絵津は危うく吹き出すところだった。 そんな情熱が真路にあったら、絵津は迷うことなく彼を離さなかっただろう。
「それはないです、絶対」
「絶対なんて言い切れないよ」
珍しく、大崎が忍耐の切れた声を出した。
「ともかく、荷物だけでも運んでおいたほうがいい。 車借りてくる」
「え?」
「すぐ戻ってくる。 別れるときが危ないんだから、気をつけて」」
別れるなんて言ってません、という言葉が出ないうちに、大崎はきびきびと道路を渡り、迷いなく駅方面へ曲がっていって姿が見えなくなった。
こっちから別れるなんて言ってない。
絵津は、何度も頭の中で繰り返しながら、エレベーターで上がった。
別れたいわけじゃない。 でも、せっかく引き取ってくれたのに、好意を無にするような真似をしたら、結果は見えていた。
真路はもてる。 身元の不安定な小学校の後輩なんかに、こだわる理由はないはずだ。
私はふられる。
絵津は、そう確信していた。
乱れた手つきで玄関の鍵をあけようとして、絵津はびくっとなった。
開いている。
そっとドアを動かしてすべりこむと、脱ぎ捨てたスニーカーが見えた。
真路は、部屋にいたのだ。
だいぶ暗くなってきていたが、どこにも電気はついていなかった。
リビングに入った絵津は、サッシのガラス戸の前に立つ真路の姿をみた。 外からのぼんやりした光で、彼は灰色のシルエットになっていた。
「ただいま」
絵津が囁くように言うと、背中を向けたまま、真路は驚くほどくっきりした声で尋ねた。
「何もんだ、あいつ?」
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