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表紙

火の雫  64
 一生……?
 絵津は不意に、体が半分に分かれたような違和感を味わった。
 上半身、特に胸と頭がカッと熱くなった。
 これは、この言葉は、結婚の申し込みだろうか。 いつまでも一緒にいたいというのは……。
 違う、一緒にいたいんじゃない、いることになるだろうと言ってる。 もう決めたみたいに。
 絵津は、黙って足元を見下ろした。 膝から下が冷たい。 爪先なんか、夏とは思えないほど冷えて、感覚がなくなりかけていた。
 冷房の効いた店にいたせいだ。 絵津はそう思った。 思い込みたかった。


 視線を落としたまま、絵津は体を少し離して手をつなごうとしている真路を、斜交〔はすか〕いに見上げた。
「ずっと一緒?」
 真路は、目じりに皺を寄せて微笑んだ。
「ああ。いいだろ?」
 その目が本当に笑っていたらね、と、絵津は心の中で呟いた。
「いいけど」
 少し間を開けて、ずっと悩んでいた不安を口にした。
「お父さん、怒らない? 断わらないで女の子と住んで」
 真路の表情は、まるで変わらなかった。
「怒らないよ。 安心しなって。 ただ」
「ただ、なに?」
「絵津は高ニだから、十七か八だろ?」
「十七。 後一ヶ月は」
「成人するまで、二年ちょっとあるわけだ。 その間、結婚届出すには親の承諾書が要るんで、絵津のお母上をどうするかだな」




 えーっ、そこまで考えてるの?
 絵津は、つむじ風にさらわれた気分になった。


 結婚という大事業を具体的に考えたことはまったくなかった。 再婚の夫に気を遣う母を見ていて、憧れなんかとうの昔に吹き飛んでしまった。
 絵津が夢みているとすれば、それは心の繋がりだった。 好きになった相手が、同じぐらいとは言わない、半分でもいいから、本気で大事に思ってくれたら、それだけでよかった。









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