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表紙

火の雫  60
 電話を切った後、次第にむかついてきた。
 友達も、絵津がひどく不機嫌そうになったのに気付き、ぎこちなく別れの挨拶を交わしてから、そそくさと去っていった。


 絵津も歩き出した。
 雑居ビルを後にして、台風一過の熱い太陽が照りつける通りを引き返した。
 途中、気持ちを静めるため、何度か深呼吸した。 こんなに腹が立ったのは、生まれて初めてだった。
 乱暴に揺すって歩いているバッグの中から、再び着メロが立ちのぼってきた。 今度は真路用だ。 絵津は足を止めず、大股で舗道を蹴って進みながら携帯を耳に当てた。
「真路?」
「ああ。 遊びに行く話だけどさ、海の近くに……」
「それどころじゃなくなった」
 プツッと言われて、真路は驚いたようだった。
「なして? サーフィン行けなくて怒った?」
「ちがう」
 また怒りが燃え上がった。 声が上ずらないように、絵津は力を振りしぼった。
「親が最後通告してきた。 真路と別れないなら、マンション代も学費も払ってやらないって」


「へえ」
 一秒ほどして、真路はそう呟いた。 落ち着いていて、鼻で笑うような響きがあった。
「金払わないって、いつから?」
「今すぐじゃない? 荷物まとめろって言ってたから」
「まとめろよ。 俺手伝う」
 絵津は耳を疑った。
「え?」
「だから荷造りしちゃえよ。 俺の部屋へ行こう。 八王子にあるんだ。 大学の近く。 休み中はあまり行かないんだけど、ずっと借りっぱなしだから」




 絵津の全身が強ばった。 サンダルを履いた足が、障害物に引っかかったように止まった。
 頭の中が、ビーンという鈍い音に包まれた。 真路が、かくまってくれる? 彼のプライベートな空間に?


 それって、同棲?









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