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来週からは学校が始まる。 最近凝っているK社製のスパイラルノートを揃えておこうと思い、絵津は嵐の来た翌日、十時少し前にマンションを出た。
街はもう綺麗に片づけられていたが、ところどころ街路樹の枝が折れた跡があり、取れた看板を応急処置で針金を使って巻きつけているのも見えた。
雑居ビルの文房具店でノートを探し、ついでに色とりどりのマーカーを比べて選んでいると、後ろから声がかかった。 クラスメイトの女子だった。
一ヶ月ぶりで、なんだか懐かしかった。 おしゃべりが止まらなくなり、同じビル内の喫茶コーナーに坐りこんで、次から次へと取りとめなく話した。
その最中、電話がかかってきた。
着メロが聞こえたとたんに、気が滅入った。 母の将美からだ。 友達に断わって立ち上がり、隣りの店の円柱に寄りかかるようにして、小声で尋ねた。
「今度は何?」
予想した通り、母の声は硬かった。
「歯医者の息子とは、別れた?」
心を逆撫でするような言い方だった。 絵津は突然、自分でも予想しなかったほどカッとした。
それでも、どうにか気持ちをなだめて、静かに答えた。
「別れないよ。 理由がないもの」
「あるでしょう! 親が反対してるんだから。 ほんと目覚ましなさいよ! ちょっとルックスがいいからって、あんな不良」
「別れない」
返事は、短いほうが説得力がある。
将美は、絵津が本気なのを感じ取ったようだ。 声を途切らせて、息を整えた。
それから、思いもよらぬことを、ずばりと言った。
「わかった。 親を甘く見てるのね。 そんなら一人でやっていきなさいよ。 もうマンション代は払わない。 学費も出さないから。 それでいいのね?」
絵津は、目を光らせて顎を上げた。
これまで、簡単なバイトさえやらせてもらえなかった。 片親だから小遣いに不自由してるなんて世間に思われたくない、と母は言い、そんな時間があったら習い事しなさい、と叱られた。
それが、今では身ぐるみ剥いで、放り出そうとしている。
半分は脅しだろうが、残りの半分は本気だ。 絵津が言葉を失っていると、将美は畳みかけてきた。
「こっちへ戻るなら、学校へは行かせてやるって、松山は言ってるけど」
あいつの考えかー!
絵津は、目の前が真っ赤になった。 もう母は結婚前とは違う人種になってしまった。 娘が夫に襲われても、目をつぶるつもりなんだ。
電話が手からすべり落ちそうになったが、絵津はなんとか気を取り直して、心にもないことを言った。
「考えてみる」
「じゃ、また荷物まとめておくのよ」
もう決まった、という言い方を、母はした。
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