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明け方、絵津は叩きつける雨音に眠りを妨げられて、うっすらと目を開いた。
寝ぼけ眼のまま、枕元の携帯を取って天気予報をググった。 明るい画面に天気図が映し出されて、台風の進路が夜中の内に突然変わったのがわかった。
まだ半分ぼうっとした状態で、ベランダに続くガラス戸を見やると、腹にこたえるような突風の唸りの後、手すり近くに置かれた花カイドウの大鉢がぐらりと揺れるのが、シルエットになって見えた。
これじゃ、海は大荒れだ。 遊泳禁止どころか、浜に出ることもできないだろう。 絵津は溜め息をついて携帯を戻し、シーツの上で丸くなった。
絵津の予想通り、九時に真路が電話をかけてきた。
「やっぱ荒れすぎで、今日は中止ってことになった」
「無理だよねー、この風じゃ」
「でも、波高十二メートルなんて聞くと、乗ってみてーなってちょっと思う。 いや大いに思う」
「そのまま吸い込まれて海坊主になるよ」
「なるかもな」
クスッと笑う声が聞こえた。
「ほんとに風強すぎて、ワゴン車なんか吹き倒されそうだから、うちでおとなしくしてるよ。 悪いな、約束したのに」
最後の言葉が温かい感じで、絵津は胸がほどけた。
「真路のせいじゃないから。 台風が通り過ぎたら、また行くんでしょう?」
「行ければ。 でもみんな学校や仕事あるから、休みが合うかどうかなー」
真路は小さく溜め息をついた。
「けど、絵津は連れてくよ、どっか楽しいとこ」
「うん……ありがとう。 埋め合わせに?」
「そうだな」
その答えに、あまり熱意は感じられなかった。
外は大風だが、絵津の心には微妙な隙間風が吹いていた。 切る前に明日電話するとは言ってくれたけど、真路が本気で自分に会いたいのかどうか、絵津にはわからなかった。
追いかけられているようで、実は影を追っているのは、自分のほうなのかもしれない。
今日はフリーになってしまった。 どう時間をつぶそうか。 とりあえず朝食を食べてから考えることにして、絵津がリビングに出ると、ちょうど自室から静が短い絹のガウン姿で現れた。
静は、紺色の携帯と会話していて、絵津と目が合うとウインクしてきた。
「ちょっと待って。 エッちゃんがちょうど出てきたから、代わるね」
そして、電話をバトンのように、絵津の手に渡した。
なんだろう。 いぶかしく思いながら耳に当てると、爽やかな声が慌てていた。
「えっ? 凄い嵐で絵津さん大丈夫かなって訊いただけなんだけど」
「あ、こんにちは、大丈夫ですよ。 このマンションしっかりしてるし」
「よかった。 母さん怖がりで、また騒いでないかと思って電話したんだ。 でも絵津さんがいるから心強いね、きっと。 すいませんギャーギャー言い出したらよろしくお願いします」
知らぬ間に、絵津は微笑んでいた。
「わかりました。 心配してくれて、ありがとう」
電話を静に返すとき、思った。
優さんって、いい息子だ。
雨が横なぐりにガラスを叩く外を見て、また思った。
大丈夫? と言ってくれたのは、彼だけだったな。
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