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絵津の胸の中で、何かがビクンと跳ねた。
真路の声には、無意識の軽蔑が篭もっていた。 母とうまく行かなくなっている状態でも、絵津には不愉快だった。 血の繋がる家族として、女として。
「ビッチって、何よ」
絵津は静かに尋ねた。
「もと水商売だったから、そんなこと言うの?」
「ちがうよ」
真路はぶっきらぼうに答えた。
「あっちが俺を悪く言うからだろ? 祥子〔しょうこ〕は俺の彼女じゃないし、これからもなりっこない」
「わかった」
「ほんとに?」
「うん」
もう不愉快な言い合いを避けようとして、絵津は話題を変えた。
「じゃ、明日の何時にどこで会う?」
「来るか?」
真路の声が明るくなった。
志田下海岸は、九十九里浜の南端あたりにある。 木更津から東浪見〔とらみ〕まで、真路たちは房総半島を車で横断する予定だった。 約五十キロの行程で、朝十時に出発するとのことだ。
「私はサーフィンできないから、荷物番してるわ」
「志田下はサーファーでも上級者向きなんだ。 まして高波だと、トーシローは危険だよな。 やってるとこ見て、気に入ったらもっと楽な所で教えちゃるよ」
「うん」
今回はただ見ているだけになりそうだが、できれば一緒に遊びに行きたい。 絵津は泳ぎなら一通りできるので、サーフィンも練習すればなんとかなると思った。
「頼むね」
「おし。 じゃ明日、十時前に」
「はい」
電話を切ったときには、心のもやもやはあらかた消えていた。 完全にとはいかなかったが。
リビングへ行くと、ドレスケースを手にした静が玄関へ向かおうとしているところだった。
「ああエッちゃん」
くったくなくニコッとされて、静がまだ母から何も聞いていないのを、絵津は悟った。
「今夜もお留守番頼みます。 悪いわね、いつもすれ違いで、一人にしちゃって」
「いえ。 あの、明日友達と朝から出かけます」
「そう。 どこへ?」
「海です。 九十九里浜」
「夕方には帰るの?」
「はい」
「楽しんでらっしゃいね。 もう夏休み、そろそろ終わりだもんね」
静は陽気にうなずき、片手を振って挨拶してから部屋を出ていった。
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