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表紙

火の雫  56
 これはもう話し合いとはいえない。
 絵津は、そこで電話を切った。 将美はかけ直してこなかった。




 木曜の夕方、真路から電話があった。
「絵津? 明日海に誘おうかと思ったんだけど、なんか台風が上がってきたみたいで、波が高いんだと」
 絵津はすぐピンと来た。
「泳ぐのは駄目だけど、サーフィンにはいいって?」
「そーなの」
 低い笑い声が伝わってきた。
「久しぶりに志田下へ行くかって話になって。 絵津も来ない?」
「サーフィン見に?」
「うん、あそこ元々泳げないから」
「そうなの?」
「波が荒くて」
「ふうん」
 真路は、仲間に絵津を紹介しようとしているのだ。
 行ってみたい気がした。 だが、一つ大きな問題があった。
「あのね」
「なに?」
「サーファー仲間に、嶋さんっていう女の人いる?」


 真路には珍しく、すぐに答えが返ってこなかった。
 やがて、用心深く聞こえる声が言った。
「いるよ。 ほら、初キスしたときに声かけてきた、ピンクのビキニの子」
 やっぱり。
 彼女は、このマンションの前でも真路を引き止めようとしていた。 あのしゃれた綺麗な子が、嶋祥子なんだ。
 どう告げたらいいか素早く考えた後、絵津はできるだけ淡々と口にした。
「その嶋さんて人が真路の恋人だって言ってる人がいて」
「誰だよ」
 真路の声が、唸りに近くなった。 怒っているようだ。 絵津はすぐ答えた。
「うちの親」
「よく一緒にいるから?」
「ちがう。 嶋さんが真路の紹介で病院行ったから」


 今度こそ、真路は絶句した。
 それから、吐き捨てるように呟いた。
「よく言うよなー。 自分はなんだってんだ、あのビッチ」










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