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加賀谷真路?
母がフルネームで真路を呼んだことに、絵津は驚いた。
携帯を少し耳から遠ざけると、絵津は落ち着いた中にうんざりした気持ちをこめて、訊き返した。
「急にどうしたの?」
「質問に答えなさい!」
有無を言わさず、将美は切り返してきた。 怒りがにじみ出ている口調だった。
一方的に言われて、絵津の心にもじわじわと怒りが湧きあがってきた。
少し待って呼吸を整えてから、絵津は冷たく言った。
「付き合ってるけど、それが何か?」
「なにクソ生意気な返事してんのよ!」
将美は逆上した。
「あんた幾つ? 未成年でしょうが! 男見る目なんかカケラもないくせに!」
自分はあるの? と言い返したかったが、さすがにそこまでは踏み切れなかった。
代わりに、絵津はできるだけ穏やかに答えた。
「真路はいい先輩で、大事にしてくれるから」
「手に入れるまでは皆そうなのよ、男は」
手に入れた後も、と、心の中で絵津は呟いた。 口には出さなかったが。
「別れなさい。 今すぐ。 電話して、はっきり言ってやるのよ」
「何を?」
娘の冷ややかな声にとんちゃくなく、将美は一方的に言いつのった。
「あんたみたいなタラシとは付き合いませんって。 医者の息子でサーファーなんて、女ひっかけるために生きてるようなもんじゃないの」
「すごい偏見」
「絵津! あんた、反対されて意地になってるんじゃない?」
将美は作戦を変えてきた。
「いいような話ばっかり聞かされてるんでしょう。 教えてあげるよ。 嶋祥子〔しま しょうこ〕っていう女の子がいて、加賀谷真路の子供堕ろしたんだって。 その病院のナースが学校友達だから、確かな情報よ」
一瞬、背中が冷たく凍えた。
だが、次の瞬間には思い出した。 真路の落ち着きはらった用心深さを。 彼がうっかりして、避妊を忘れるわけがない。
「真路が認めたの?」
将美はプッと吹き出した。
「自分で認めるやつなんかいる?」
「じゃ、何が証拠?」
娘が冷静なので、将美は苛立ってきた。
「嶋祥子が言ったのよ。 その病院紹介したのも加賀谷真路だったし」
「頼まれたたから紹介しただけでしょう? 父親が自分だったら、むしろ知ってる病院に行かせたりしないと思う」
数秒間、将美は沈黙した。
もう説得をあきらめたかと、絵津が思い始めたとき、母は不気味なほど静かな調子で宣言した。
「一週間以内に別れなさい。 さもないと、何が起こっても知らないよ」
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