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表紙

火の雫  53
 一瞬の緊張を解くと、真路は見違えるように変わった。 不意に明るくなり、絵津の頬を乾いた温かい手で撫で上げた。
「俺の気持ち、なんだと思ってるの? ん? 遊び?」


 ごまかそうとしてる。
 皮肉なことに、真路の素早い切り替えを見て、絵津は自分の疑いが正しかったことを思い知らされた。
 頭の後ろがしびれた。 嫌な感覚だった。
 真路はこそこそしない。 自分から家に連れてきて、父親に堂々と紹介している。 遊ばれているとは思えないからこそ、違和感があった。
 絵津は、懸命に頭を働かせた。
――私は誰かの代わり? 真路が本気で好きになった人と、どこかが似てるとか?――
 だが、二人の出会いとなった雨の日を思い出すと、とてもそうは思えなくなった。
 真路は、小学生のときから絵津を気にしていた。 そんなに早い深刻な失恋なんて、あるのか?
 幼稚園の先生にふられたとか…… そこまで考えて、場違いなことに、絵津は笑い出しそうになった。


 もぞもぞしている絵津を、真路は斜めに見下ろした。
「楽しそうだね」
「べつに」
 絵津は、ゆるんだ顔を元に戻し、真路からそっと離れた。
「そろそろ帰ろうかな」
 真路は、ポカンと口をあけた。
「えー? これからがいいんじゃない。 さあ、俺の手握って」
「え?」
「いいから、ぎゅっと握って」
 絵津はゆっくりと、真路のいう通りにした。 彼に逆らうのは難しかった。 絵津を裏切ったわけではないし、約束は必ず守る。 少なくとも、今のところは。
 真路が唇を寄せてくると、絵津は応えた。
 立場が弱いのは、仕方なかった。 恋をしているのは、彼女の方だったから。









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