表紙
目次
文頭
前頁
次頁
52
コーヒーを飲み終わると、真路は身軽に立って、広いキッチン・コーナーの角に置かれた食器洗い機にカップと皿を入れ、スイッチを押した。
戻ってきながら、真路は説明した。
「月曜から土曜の昼までは家政婦さんが来るんだ。 でも、今日は日曜だから」
前より絵津にくっついて座り、真路はくつろいだ様子で尋ねた。
「親父どう思う?」
絵津は目をしばたたいた。
「優しそうね」
すぐに反応は返ってこなかった。 絵津が睫毛を上げると、真路は奇妙なふうに口をつぼませていた。
見られたと知って、さっと彼は表情を切り替えた。 妙なひょっとこ顔は消え、いつもの淡々とした様子になっていたが、頬の線にわずかな緊張が残っていて、絵津の興味を引いた。
三人で寿司を分け合っているとき、父と子の間に自然な情が通い合っているのを、絵津は確かに感じ取った。 たとえ義理の親子でも、二人は仲良しなのだ。
ではなぜ、真路は絵津の誉め言葉を喜ばないのだろう。 男同士の家族特有の照れだろうか。
なんとなく、そうは思えなかった。
やがて、真路は絵津の腕を引いて、自分の胸に倒れこませた。
「俺の部屋へ行こう」
絵津はためらった。
「でも、お父さんが……」
「ゆっくりしてけって言ってたじゃんか。 気にすることない」
「でも」
「行こう」
絵津は、真路の胸板に顔を載せて、目をつぶった。 表面は熱くて柔らかい。 だが、動かして力が入ると、とたんに張りつめたように固くなった。
真路の体には、贅肉が少しもない。 魅力的だった。 だが、怖くもあった。
「ねえ」
「なに?」
「誰か、好きになったことある?」
自分の声が耳に入ってきた瞬間、絵津は舌を噛みたくなった。 なんでこんな本音が、無意識に口から出てしまうんだろう。
どうやら、初めて真路を驚かすのに成功したらしい。 彼の体がぎゅっと収縮するのが感じられた。
肺が大きくふくらんだ。 だが溜め息は洩れず、代わりにそっけない声が真路の喉から出た。
「あるさ、当然」
でも私じゃないんだ。
絵津は、不意にそう悟った。
表紙
目次
前頁
次頁
背景:
ぐらん・ふくや・かふぇ
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送