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真路の父親は、寂しい人なのかもしれなかった。
間もなく、高級な握り寿司と吸い物が届き、三人は食事用のテーブルを囲んで食べ始めた。
最初、加賀谷氏は黙々と、アナゴやマグロを口に運んでいた。 だが、絵津と話す合間に真路が話題を振ると、思ったより気さくに答えた。
「父さんは海より山が好きなんだ」
「山登り?」
絵津が訊くと、真路はうなずいた。
「槍ヶ岳に何回か登ったんだって」
「たしか、三千メートル以上あるって聞いた」
「よく知ってるね」
加賀谷氏が顔を上げて、まともに絵津のほうを見た。 眼の中に、温かい光が動いた。
「クラスメイトで、一家で登山するのが好きな人がいて」
「家族で登るのはいいだろうな。 真路は海にばかり行きたがるんだ。 ゴルフも嫌いだし」
「あんなのオヤジくせーよ」
「十代の有名ゴルファーだっているじゃないか」
「あれは仕事だろ? 俺はプロゴルファーになる気なくて、歯医者になるんだから」
気軽な言い合いを耳にしながら、絵津はふと、大崎父子を思い浮かべた。 息子がひょいと父親を車に乗せて、仲よくゴルフ場へ出かける姿を。
加賀谷氏も、真路とあんなふうに遊びに行きたいのかもしれなかった。
「千葉には高い山はないですよね。 ゴルフコースは一杯あるけど」
「確かに」
加賀谷氏は笑った。
「今年の夏は、久しぶりに本場のアルプスへ行ってみようかと思ってたんだ。 でも春の終わりに風邪をこじらせちゃってね、体力に自信持てなくなった」
悔しそうな口ぶりだった。 話をしてみて、絵津は真路の父親に好感を持った。 彼の眼差しは、松山とは違う。 穏やかで優しく、どこか哀愁がただよっていた。
大きな容器にぎっしり入っていた寿司は、主に男二人の旺盛な食欲で、みるみる姿を消した。
すっかり食べ終わると、真路がコーヒーを入れると言い出したので、絵津も手伝ってカップを出した。
出来上がったコーヒーのカップ&ソーサーを手に持つと、加賀谷氏は立ち上がった。
「じゃ、もうあっち行くから」
去り際に、彼は絵津を見て一言言い残した。
「ゆっくりしていきなさいよ」
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