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ゆっくり顔を動かして、真路がキスしてきた。
絵津も、首を上げて応えた。 真路とキスするのは、いつも気持ちいい。 せきたてるようなところがなくて、どこかに余裕が感じられるからだろうか。
唇が離れて、また重なった。 軽く羽根のように触れあっていたとき、足音がして、誰かが入ってきた。
絵津は、あわてて座りなおした。 だが、真路は平気で彼女を抱えたまま、ゆったりと脚を組んで、父親に声をかけた。
「あ、紹介するね。 貝原絵津ちゃん。 今は松山って苗字に代わってるけど」
「そう」
敷居の手前で立ち止まった加賀谷医師は、ぎこちなく一言だけ発した。 困っているのではないかと、絵津は思った。
真路の手をそっと押しのけると、絵津は立ち上がり、小さく一礼した。
「お邪魔してます」
「ああ……いや!」
ぼんやりしていたのが、急に目が醒めたようになって、加賀谷氏は渋い微笑を浮かべた。
「いらっしゃい。 人が来てるとわからなかった。 スキップが吠えないんで」
「なついてるんだ。 珍しいよね」
脚を組み換えながら、真路が明るく言った。
「他の友達だと、ギャンギャンいいながら玄関へ飛んでくのに」
「もう正午過ぎだ。 メシ食ったか?」
「いや。 どうする?って彼女に訊こうとしてた」
彼女、という言葉で、静かな部屋の温度が上がった気がした。
加賀谷氏は、二人から視線を外し、すたすたと棚にある備え付けのファックス付き電話に歩み寄った。
「寿司、取るか?」
「父さんのおごり?」
「ああ」
「じゃ、頼む。 いい?」
訊かれてすぐ、絵津はうなずいた。
電話が通じて、注文する段になって、加賀谷氏はためらい、後ろを向いた。
「俺のだけ別にするか?」
「いいよ、一緒に食おうよ。 な?」
おごってくれたんだもの、当然だ。 絵津はまた、素直にうなずいた。
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