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広くて、まるでテラスルームのように明るい光に満ちた洗面所から、絵津はそっと廊下に踏み出した。
二つ向こうのドアが半開きになっていた。 そこから真路の頭が覗き、絵津と目が合うと笑顔になった。
「おいで」
広い家はシーンとしている。 外は真夏の熱に包まれているが、家の中はひんやりして静かだ。
まるで、魔法にかかった空間のようだった。
大きなリビングは、カーテンが白のレースに変わっていた。
それ以外は前と同じ、に見える。 妙に安心した。
ゆったりしたソファーに、二人は並んで座った。 というか、絵津をまず坐らせてから、真路がコップを二つ持って、すぐ横に腰を下ろした。
「はい、スカッシュ」
「どうも」
水滴のついたコップを受け取った次の瞬間、絵津は小さくキャッと叫んで肩をすくめた。 冷えた指が、首筋にスッと回ったのだ。
真路は澄ました顔で言った。
「ヒエーッて言いなよ」
絵津は、体の力を抜いて苦笑した。 真路のやり口には、だいぶ慣れた。
「小さいころ、いじめっ子だった?」
あきれた顔で見返して、真路はブンブンと首を振った。
「まさか。 やさしーいお坊ちゃまくんだったよ」
「えー?」
「ほんとだって。 バレンタインでこんなに」と、手をかざして、十五センチぐらい指を開いてみせた。
「チョコレート貰ったんだから」
自慢話よりも、その指の長さに、絵津は気を取られた。
美しい手だった。 しなやかで、浅く血管が浮き出ていて、小麦色に焼けている。 その手でぎゅっと腰を掴まれたときの力強さを、絵津はまざまざと思い浮かべた。
「そのチョコレートどうした?」
目に表れたにちがいない情熱をごまかそうとして、絵津は尋ねた。 真路はふと、遠くを見る目になった。
「母親がほとんど食べてたな。 チョコレート好きだったから。 でも、俺も食ったよ、ちょっとずつ。 せっかくくれたんだからな」
言い終わるとすぐ、真路はキスした。
「うん、レモン味だ」
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