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表紙

火の雫  47
 二日後の日曜日、絵津は久しぶりに、真路の家へ行った。
 昼前、真路が藍色のストリームで迎えに来て、一時間ほどのドライブで故郷の町に着いた。
 街筋は、変わってないようでいて、少しずつ変化がついていた。 たとえば、やおい橋の街灯がカッパの頭みたいになっているとか。
 絵津がそう言うと、真路は噴いた。
「ちげーよ、カッパじゃなくて、ヒマワリ」
「見えない」
「そのほうが、冬になったら都合いいんだろ」
「しゃれすぎてない?」
「どっかのブランドのデザイナーに頼んだみたいだよ」
「前のほうがよかった」
「壊れちゃったんじゃねーの?」
 気のない口調で、真路が言った。
 ずっと住んでいる者にとっては、いくらかの改造は飽きなくていいのかもしれない。 だが、絵津にとって、故郷は動くアルバムだった。 人生が次々移り変わっても、思い出の背景はそのままの形で、そこに存在していてほしかった。


 その点、真路の実家は条件をほぼ満たしていた。
 同じ門、同じ玄関、以前とまったく同じに見える手入れのいい家。
 そして、扉を開くと駆け出してきた犬も、同じだった。 一回り大きくなり、前ほどハッハッと言わなくなったにしても。
「スキップ!」
 吠えずに、足元へまとわりついてくる茶色の犬を、絵津は膝まずいて撫でさすった。 お返しに、スキップはピンクの舌で絵津の手や腕をなめ、後ろ足で立って顔までペロペロした。
 横で、真路が自慢そうに言った。
「ちゃんと覚えてたんだな。 実質一回しか会ってないのに」
「スキップは賢いから」
 自分の犬でもないくせに、絵津は真路より誇らしげに答えた。


 屋内に入ると、真路はさりげなく、絵津を洗面所へ案内した。
「汗かいたろ? サーファー仲間でも、女は日焼け止め取れたとかメイクが落ちるとか、いろいろ言うんだよ」
「うん、ありがと。 あんまりメイクはしてないけど」
「なんか飲む? レモンスカッシュかソーダ、紅茶缶とか」
「スカッシュいいな」
「オッケー、出しとくよ」
 スタスタと去って行く足音が聞こえた。









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