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表紙

火の雫  44
 鍵を開けて個宅の玄関に入ると、すぐ絵津はリビングの大きなテーブルに、静宛ての手紙を置いた。
 それから、大崎の封筒だけ持って自室に行き、着替える前に中を覗いた。
 普通より大型の洋封筒に入っていたのは、大崎優の名刺と、ニつに折り畳んだ紙だった。 紙を開いてみて、絵津は思わず息を呑んだ。 彼女自身の顔が、いきなり目に飛び込んできたのだ。


 それは、驚くほど優美な似顔絵だった。
 貧しかった子供時代からの習慣で、絵津は美容院に行かず、母に髪を肩の辺りで切りそろえてもらっていた。
 その真っ直ぐな技巧のない髪が、そよ風になびくようにいくらか頬にかかり、謎めいた大きな眼の輝く卵型の顔を、神秘的に取り囲んでいた。
「えーっ、何これ……」
 私って、こんな美人じゃない。
 確かにそう思うが、一目で自分とわかった。 うまく特徴を捉えて、理想化したのだ。


 絵は、鉛筆でデッサンした上に、透明水彩で淡く色づけしてあった。 浮世離れした妖精のような美しさで、見とれているうちに絵津は頬が上気してきた。
 嬉しかった。 これだけ綺麗に描いてもらえたら、誰だって喜ぶ。 しばらくじっと眺めていると、ようやく裏に何か字があるのに気付いた。


 封筒の表書きと同じ、太くて読み易い字で、大崎優は短く書いていた。


『絵津さんへ
 覚えていた通り描きました。
 見た感想を聞かせてくれますか?』


 才能あるんだな〜。
 それが絵津の第一印象で、次に、やっぱりこう思った。
 私の顔を、じっくり観察したんだ。 興味持ってる。 これってナンパの一種?
 絵津は顔を上げ、サッシの戸に眼を添わせた。 外はすっかり暗くなって、明るい部屋の様子が、ぼんやりとガラスに映っていた。
 意識を集中すると、絵津もすぐ、大崎青年の顔を思い出せた。 母親似の繊細さの中に男らしさもあって、いい顔立ちだった。









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