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フィットを借りて、主に海岸近くをあちこちさまよったあげく、のんびり帰ってきたのが夜の八時過ぎだった。
マンションの前に車を停めると、真路は絵津の耳元から髪に手を入れ、引き寄せてキスした。
彼の唇には、さっき食べたスパゲッティのトマトソースの味が仄かに残っていた。
「次は、うち来いよ。 な?」
「うん」
もう、あまり気兼ねなく答えられた。
午後一杯、二人は何も決めずに車を走らせ、思いついたところで止まった。 小さな店を見つけて、カキ氷をほおばり、岩に囲まれた砂浜で、どちらが怪奇な城を作れるか競った。
真路は、どこでも自分らしさを崩さなかった。 活気に溢れていて少し強引だが、ときどき目の端で絵津の反応を確かめているようで、やりすぎに気付くと、さりげなく引いた。
次第に、絵津は真路との距離を感じなくなった。
投げてやったクッキーをカモメが取りそこない、悔しそうに空めがけて全速力で上がっていったことがあった。 その負けず嫌いな姿を笑っていて、気付くと絵津は、彼の腕を抱き取って抱えていた。
真路は普通に立っていた。 別に驚かないし、急に引っぱられてよろめきもしない。 女子にくっつかれるのに慣れていたのかもしれなかった。
マンションのエントランスに入ってから、絵津は一度振り向いた。
青い車が発進していく後ろ姿が見えた。 これから真路は車を返し、電車に乗って家に戻る。 帰りついた頃に電話を入れようか。
いや、メールにしよう、と絵津は思った。 まだ、好きな時間に彼を呼び出すことに、わずかな遠慮があった。
ホールを歩いていて、メールボックスをちらりと眺めると、郵便物が入っていた。 蓋を開けて取り出し、宛名を確かめながらエレベーターに乗った。
ほぼ全部が、静宛ての手紙かダイレクトメールだった。
ひとつ、切手を貼らず、住所も書かず、ただ黒々と『松山絵津さん』と書かれた封筒があった。
裏返すと、発信人の名前が、『大崎』と記してあった。
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